■汚屋敷の跡取り-11.床可視率0%(2015年03月21日UP)

 【12月27日午前10時現在……床可視率0%、堆積層の厚さ約1m】

 いつもの見慣れた風景の中で、45Lの黒ゴミ袋を手にフリーズするオレ。
 ……どこから手を着ければいいんだ? 
 「部屋の入口付近にある『明らかに不要とわかる物』をゴミ袋にお入れ下さい」
 「いや、明らかに不要ったって……」
 「私から見える範囲では、お菓子の袋と空缶と空のペットボトルとティッシュですね」
 「いやいやいやいや、それは違うだろう。黒ゴミ袋一枚って……分別は?」
 「今回の大掃除に限り、お気になさらなくて結構です。後でご主人様が、お庭で全て焼却して下さいます」
 小豆味の炭酸飲料の空缶を手にして発した質問に、てきぱきと明確な答えが返ってきた。
 同時に、出来心でポチって激しく後悔した炭酸の味が蘇る。一口でギブアップして、思わずブン投げた代物だったが、現在の中身は空だった。ドアにぶち当たった後、全てこぼれたのか、エアコンで蒸発したのかは不明だ。
 その場のノリや出来心での衝動買いは、二度としない……そう、心に固く誓った。
 ところでムネノリ君、火遊びはいかんよ、火遊びは。おねしょしても知らねーぞ。
 「いやいや、それは違うだろう。庭で野焼きって、火事になったらヤバイだろ」
 「ご主人様が結界を張って、魔法で焼却して下さいますので、熱も煙も火の粉も一切、漏れません。駐在さんと消防団長さんのお許しも戴いています」
 え? ムネノリ君、マジで爆炎系の魔法が使えんの? つか、ポリ公、家長の留守に何勝手に許可出してんだよ。後で県警に苦情メールだ。
 ポテチの袋と使用済みティッシュをゴミ袋に突っ込む。
 ドア前のスペースには、全く変化が見られない。
 「いや、あの、あー……君達の祖国……ムルティフローラって、どこにあんの?」
 ムネノリ君に押し付けられた仮名で呼ぶのは気の毒過ぎるので、口にしない事にした。
 その間にも、丸めティッシュ、汚れティッシュ、スナック菓子の袋、またティッシュ、チョコの包みを次々とゴミ袋に入れ続ける。さながらブラックホールだ。
 質問と掃除のマルチタスク程度、優秀なオレには造作もない。
 「ラキュス湖北(こほく)地方、内陸の盆地にあります」
 ラキュスは、西のチヌカルクル・ノチウ大陸にある世界最大の塩湖だ。
 周辺には、オレ達と同じ「陸の民」の他、髪が緑色の人種「湖の民」が棲息している。
 湖南、湖東地方は、科学と魔法|両輪(りょうりん)の国と魔法の国が混在し、湖北地方は魔法の国のみ。湖西地方はどこの国にも属さない砂漠地帯で、人が住めないくらい魔物が多い。
 地理が得意なオレに死角はなかった。
 魔法の国は、鎖国政策を採っている国が多い為、ほぼテストに出ない。せいぜい、紀元前の大破壊当時、湖北地方にあったプラティフィラ帝国の名前が出てくるくらいだ。
 湖南、湖東地方の国々の幾つかは、長く続く民族紛争で疲弊していて、国力が衰退している。また、人間よりも魔物が多く、あんな所に住むとかどんな罰ゲームだよってくらい、ラキュス湖周辺には碌な国がない。
 「いや、あの、ムルティフローラって魔法の国だよね? 君も、その……魔女なの?」
 「いいえ。私はご主人様の下僕です」
 何それ怖い。
 マジ奴隷待遇かよ。王族横暴過ぎんだろ。民衆は蜂起して自由と平等を勝ち取れよ。国連の人権委員会は仕事しろよ。
 「いや、あの、シモベって……それでいいの?」
 「優一さん、手が止まってますよ」
 言われて慌ててドアの前の物を確認もせずにゴミ袋に押し込む。
 どうせゴミだろう。
 一気に45Lのゴミ袋が満タンになった。
 口をくくって部屋から出そうとしたが、物理的に無理だった。ドアの隙間が狭く、パンパンになったゴミ袋は通行不能だ。
 「優一さん、ゴミ袋を邪魔にならない場所に置いて下さい。新しいのをお渡しします」
 メイドさんが、純白のエプロンのポケットから、キレイに折り畳んだ漆黒のゴミ袋を取り出す。
 オレは、押入れの前に満タンのゴミ袋を投げ捨て、メイドさんのぬくもりが残る新品の袋を受け取った。
 密林の納品書をくしゃくしゃと丸めて、新しいゴミ袋に入れると、メイドさんはさっきの質問に答えてくれた。
 「私の幸せは、ご主人様の下僕である事です」
 「いや、いやいやいやいやいや、それは違うだろう? それ、マジで言ってんの? 何で?」
 言わされてる……コレ、絶対、言わされてる。さもなきゃ洗脳だろ。
 「ご主人様は、私を道具扱いなさらず、私の気持ちを尊重して下さいます。私の嫌がるご命令は、余程差し迫った危機に直面でもしない限り、なさいません。……ところで、また手が止まってますよ」
 ドアの前に堆積している物を手当たり次第にザクザク袋詰めする。
 床はまだ見えない。
 納品書、説明書、フィギュアのパッケージ、DVDのシュリンク、焼き損なったDVD‐R、菓子袋、カップ麺の外装フィルム、ティッシュ、黴の生えたパンツ、元は白かったっぽいけど足の裏がやたら黒くなった靴下。
 それらを袋に突っ込んでいる内に冷静になってきた。
 そっか、ムネノリ君は声変わりもしてないから、他の部分もお子ちゃまな訳で、そっち系は一切できないんだ。
 メイドさんは夜伽をする気がなくて、ムネノリ君はそう言うのに興味自体ない。だから夜の道具扱いされない。
 どうしてもムネノリ君の跡継ぎが必要になったら、不妊治療で卵子提供とかに協力させられるかもしれないけど、今の所それはない。
 絶対にセクハラしない王族に仕えている限り、身の安全は保障される訳だ。
 つまり、処女。
 メイドさんの本名をムネノリ君には教えても、王様にすら教えないって事は、王様に求められても拒否れるって事だ。もし、家来とかがセクハラしようとしても「ご主人様に言いつけますよ」って言いさえすれば絶対無敵。
 つまり、メイドさんは絶対に処女。
 そう言う事なんだな。オレに出逢うまで、王族の強権で処女が守られてたって寸法だ。そりゃ幸せだわ。テキトーな仮名で呼ばれるくらい、余裕で耐えられるわな。
 「いや、あ……その……そっそっか、幸せなのか」
 「はい」
 メイドさんは満面の笑顔でイイお返事をしてくれた。
 ……かわいい。これはもう確実に処女だ。間違いない。山端家長男の嫁に確定。
 「いや、あの、えー……君は今、どこに住んでるの?」
 「この国の帝都にあるご主人様のお家です」
 「いや、あの……ムネノリ君、王族なのに日之本帝国に住んでるの? 何で?」
 「はい。ご主人様のお体の事がございますので……」
 原始的な医療しかないんだろう。おまじない(笑)とか、祈祷(笑)とか。で、ムネノリ君の治療は、現代医学頼みか。
 やってらんねーな。身勝手な権力者のワガママって奴は。
 「いや、それ、ムルティフローラの魔法でどうにかなんねーの?」

10.ゴミ袋←前  次→12.薄い本
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.