■汚屋敷の跡取り-57.畳屋(2015年03月21日UP)

 大晦日の朝。
 現場検証は昨日の内に終わっていたが、何となくそのまま全員が分家に泊まった。
 オレ達は本家の庭に集まった。
 三軒の畳屋が新品の畳を積んだトラックで集結している。
 メイドさんは、おっさんの姿でスーツの上着を脱ぎ、待機していた。
 ムネノリ君め……
 「皆様、ご無理を申しあげまして恐れ入ります。お陰さまで新年を新しい畳の上で清々しく迎えられます。ありがとうございます」
 何故か、マー君が馬鹿丁寧な礼を述べ、場を仕切っている。
 オレの家なのに。
 「縁の色柄はお気になさらず、奥の部屋から順に入れ替えて下さい。古畳はこちらで処分致しますので、庭のこの辺に積んで下さい。では、宜しくお願いします」
 おっさんに化けたメイドさん、マー君、ツネちゃん、賢治、畳屋達と水を連れた魔女のババアが家に入った。
 何故かオレも駆り出されたので、後に続く。
 ムネノリ君と三枝(さえぐさ)、藍と真穂は庭で待機だ。
 畳屋達が鮮やかな手つきで古畳を外す。オレ達は、意外に重いそれを庭に運ぶ。
 腐った古畳は、少なくともダニと黴とキノコの苗床にはなっていた。
 魔女のババアが、古畳の搬出が終わった部屋の床を丸洗いする。畳屋連中はビビりつつも、面白そうに水の魔法に見入っていた。
 丸洗いが終わった床に、畳屋が新畳を手際よく敷き詰めてゆく。
 畳替えが終わった部屋に藍と真穂が、新しいカーテンを取り付け、元々部屋にあった物や新しい座布団など、軽い物を置いてゆく。
 おっさん姿のメイドさんと賢治が、新しい家具や重い家電を物置き部屋や納戸から出してきて設置した。
 元々あった家具類は全滅で総替えになった。
 十畳の居間は、こたつとテレビ台と薄型テレビ。
 隣の十畳の和室には、何も置かない。
 六畳二間続きのジジババの部屋は、布団二組と小さなタンスひとつと、古い金庫と新品の電気ストーブ、それから背の低い本棚ひとつ。本棚の中身は古いアルバムだけだ。
 同じ広さのオヤジの部屋は、布団一組と小型のタンスひとつきり。
 十二畳の仏間には、何も置かない。
 その隣の十二畳の座敷は、押入れに来客用座布団と折り畳み式の座卓だけを搬入。
 玄関入ってすぐにある十畳の応接間は、洋間なので畳は入れない。ちらっと覗いたら、空っぽになっていた。
 玄関には新しい靴箱と傘立てを置いた。
 靴箱は灯油の18Lポリタンク四つ分くらいの大きさで、履物はジジババ、オヤジの長靴各一足と下駄、つっかけ、草履のみ。
 傘立てはポリタンクひとつ分くらいの大きさで、傘は三本だけだ。
 これで、応接間隣の五畳くらいの納戸は空になった。
 階段下の収納スペースには何も仮置きしておらず、現在も空だ。
 二階のオレ、賢治、真穂の部屋も洋間なので放置。
 和室六畳二間の内、一間は畳四枚が足りなかった。
 「あー、すみません、ちょっと足りませんでしたね」
 「いえいえ、こちらこそ恐れ入ります。寧ろ年末のお忙しい時期にこんな短期間で、こんなにたくさんご用意して戴けまして恐縮です。年内に間に合った分は、すぐにお支払できるのですが、年を跨ぐ分に関しましては、祖母と個別にご相談戴けませんか?」
 マー君の言葉で畳屋達は、廊下の端に集まって相談を始めた。
 すぐに話がまとまったらしく、その内一人がケータイでどこかに連絡して、こちらに戻ってきた。
 「あの、夕方……七時か、八時頃でも宜しければ、支店の在庫をお持ちできるんですが……」
 「そちらさえ差し支えなければ……こちらこそ、ご無理申し上げまして恐れ入ります」
 畳屋の申し出にマー君が丁寧に対応した。
 何で客がそんなペコペコ頭下げまくってんだよ。金払うのこっちなのに。
 「では、ひとまず、搬入が終わった分の精算をお願いします。請求書と領収証はお持ち戴いてますか?」
 畳屋達はマー君に言われて、車に取りに戻った。庭から畳屋のおっさん達の驚く声が聞こえた。大方、ムネノリ君が古畳を燃やす所を見たのだろう。
 マー君は、三店に現金一括で数十万円ずつ支払っていた。
 在庫があると言った店は「じゃ、すぐ戻りますんで!」と一番に出て行き、他の二店もホクホク顔で帰って行った。
 「いや、マー君、太っ腹はいいけど、ボられてないか?」
 オレの忠告にマー君はしれっと答えた。
 「これ、ばあちゃんの金だし。ムチャ振り超特急料金上乗せしてるし、こんなもんだろ」
 「はあ?」
 こいつ、ババアの金でいいカッコしてたのかよ! そんなんオレでもできるわ! 
 「後は畳四枚だけで終わりなんだよな。じゃ、俺達もう行くよ」
 「今までありがとう。……元気でね」
 賢治と真穂が揃って頭を下げた。
 藍が意外そうな顔で聞く。
 「あれ? お昼食べて休憩してからじゃないの?」
 「早けりゃ今夜にはオヤジ達、戻ってくるし、もう行くよ」
 「落ちついたらメールするね。じゃあ」
 「そっか。元気でね」
 「風邪引くなよ」
 「幸せになるんだぞ」
 口々に別れの言葉が交わされ、二人は何度も頭を下げて出て行った。
 ……お前ら、マジで家を捨てるのかよ。
 俺は何も言えず、ただ、二人の背中を見送った。
 二人の部屋は、いつの間にか空っぽになっていた。

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