■汚屋敷の跡取り-29.覚醒(2015年03月21日UP)
オレは闇の中で目を覚ました。
ぬくぬくしている内に、本格的に眠ってしまったらしい。
目を開けているのか閉じているのかよくわからない。
じっと耳を澄ます。家の中も外も静かだ。微かに風の音が聞こえる。
ベッドから出て、手探りで蛍光灯の紐を探り当て、点灯させた。
眩しさに目を細める。
明るさに慣れた目で室内を見回した。
体が軽い。
天井が高い。
足下に何もない。
空気がキレイだ。
変な臭いがしない。
ゴミを踏まずに歩ける。
同じ蛍光灯なのに前より明るい。
昨日までとは比べ物にならない広い部屋だ。
家具はひとつも減ってないのに、広くなってる。
……これ、オレが片付けたのか。
いや、そりゃ、双羽隊長が魔法で丸洗いしたのが大きいけど、でも、床の物を捨てたのはオレだ。
オレがやったんだ。
不思議だった。たった一日でこんなに変わるとは思わなかった。片付ける前の写真を残しとけばよかった。劇的ビフォーアフター。
ドアノブにガムテープでメモが貼ってあった。
晩飯は台所に置いてある。風呂に入れ。by政治
油性マジックの力強い文字。
マー君、脳筋の癖に意外と達筆なんだな。
メモを剥がして片手で丸めながらドアを開けた。
部屋の電気消したの、マー君か。メイドさんはムネノリ君の命令をきっちり守って、オレの部屋には一歩も入ってないんだ。
時間はわからない。
今夜もここにはオレ一人らしい。ネズミの足音すら聞こえなかった。
トイレに寄ってから、風呂の様子を見に行った。
湯船は空で、誰かが使った形跡はなく、乾いている。
風呂場はオレが知るどの時点よりも清潔で、体毛は一本も落ちておらず、床のタイルには、ぬめぬめするカラフルなヘドロも全くない。黴が消えた目地は真っ白だった。
面倒だが、シャワーだけでも浴びた方がいいのかな。
脱衣籠にバスタオルが一枚入っていた。どこも破れていない。シミも黴もない。ふわふわで清潔な一枚だ。
着替えは用意されていなかった。セルフサービスって事か。
居間に入ってから思い出した。
―汚パンツは全て捨てた。
電池じゃねえ! パンツ買うって言っときゃよかった!
……まぁ、いいか。今まで洗濯してない服を何カ月も着続けてたし。今着てる奴は体と一緒に丸洗いされてキレイだし。
オレは風呂を諦め、台所でトンカツ定食的な晩飯を食って居間に戻った。
ゴミ袋を一パック取り、隣の十畳間に移動する。埃まみれのガムテープを一巻持って、部屋に戻った。