■汚屋敷の跡取り-41.時代(2015年03月21日UP)
つらつら考えている内に、手前のフィギュア類が片付いた。
その奥から、郵送で定期購読していたアニメ誌が出てきた。
密林の箱は残り少なく、これを全て入れるのは不可能だ。紐で縛って夜中に庭に出して、上からゴミ袋を被せてカモフラしよう。
小学生の頃、古新聞を束ねる作業を小遣い目当てで何度もしていたから、これも楽勝だった。二年分くらいずつ束ねる。
「いや、あの、さ、君、何してる時が幸せ?」
ドアの陰に雑誌の束を積みながら聞いてみた。
趣味以外の接点を探そう。
「ご主人様のご命令を上手にこなせて、お褒めに与った時が一番幸せです。『ありがとう』のお言葉を戴いて、頭を撫でられている時に、自分の存在意義と、生きている事を実感します」
「いや……じゃ、じゃあ、二番目は?」
洗脳、凄過ぎるだろ。魅了の魔法なら、桁違いに強力な……禁術なんじゃないのか?
「ご用のない時に、ご主人様にだっこされて、もふもふしている時も幸せです」
「いや、も……もふもふ!?」
それは一般的には「ぱふぱふ」って言うんだよ! ムネノリ君め! ロリ声で何もできねー癖に中途半端に羨(うらやま)ま怪(け)しからん事しおってからに! あのエロガキ絶対泣かす!
「ご主人様は毎晩、ベッドの中で私をだっこして、もふもふして下さるんです。ご主人様にだっこされていると、とても安心できて、ぐっすり眠れます」
メイドさんは、心底嬉しそうな声で説明してくれた。
毎晩……! ベッドの中で……! だっ……だっ…………
「だあぁあぁぁあぁぁぁぁぁあああッッ!!」
勢い余って雑誌を束ねる紐を引き千切る。血圧が上がり過ぎて卒中とかになりそうだ。
王族だからって……特権階級だからって……羨ま怪しからん!
オレ達、従兄弟なのに! ずるい! ムネノリ君ばっかり! ずるい!
オレにもメイドさん、ぱふぱふさせろ!
「何があったのですか?」
双羽(ふたば)隊長の声で、一気に体の芯まで凍りついた。恐る恐る、声のした方に顔を向ける。
隊長は、窓の外に浮いていた。
……魔女って、箒がなくっても、空を飛べるんデスね。
「ひっいや……! あの! なっななな何でもないであります!」
「そうですか?」
疑わしそうな目を向ける隊長に、全力で頷くオレ。
隊長は、部屋の中を一通り見回して「異常なし」と判断したのか、オレの視界から消えた。ドアの陰に積んであるアニメ誌は、スルーされた。
……油断も隙もありゃしねー。
今は余計な事を考えず、ゴミ捨てに専念した方がよさそうだ。
千切れた紐を丸めてゴミ袋に投げ込み、改めて雑誌を縛り直す。雑誌は十三年分、増刊号も含めて百八十冊くらいあった。
雑誌よりネットの情報が早くなってきた頃に、定期購読を止めた。
二次絵も、月刊誌の投稿コーナーより、個人サイトやイラストSNSが遥かに充実するようになり、ファン同士の交流もネットでするようになった。
同人イベントに直接行った事はないが、リアルタイムのレポを見て臨場感も味わえた。
帝都では今まさに、国内最大規模のヲタクの祭典が開催されている真っ最中だ。
あんなに人が多い所にリアルで行くとか勘弁して欲しい。
写真で見た限り、地獄絵図のような混雑なのに、楽しげで充実したレポが多かった。
行ったヤツらの「この瞬間の為に生きてる」感は、眩しいくらいだったが、やっぱりリアルで行きたいとは思わない。
雑誌を全て出した奥から、小中高と使った習字用具や絵の具セット、画板が出てきた。ハーモニカ、縦笛、縄跳び、野球用具が入った段ボール箱も出てきた。どれもこれも、黴が生えたり経年劣化でひび割れたりして、使い物にならなくなっていた。
小学生の頃、友達と外で遊んだ夏の日が、脳裏に蘇ってきた。
「クロエさーん、晩ごはーん!」
「はーい! 今、参りまーす!」
マー君の息子が呼ぶ声に、メイドさんが元気よく返事をした。
もうそんな時間なのか。
「優一さんもご一緒に参りましょう」
「えっ……いや、でも……」
分家の連中には二十年近く会っていない。知らない間に従妹も発生していた。
行けば絶対、説教タイムだ。気まずくて行ける訳がない。
メイドさんは、オレのそう言う事情、知らないんだろうな……一体、どう説明したものか……