■汚屋敷の跡取り-42.社長(2015年03月21日UP)

 「ゆうちゃん、パンツ買ってきてやったぞ!」
 マー君がノックもせずにズカズカ入ってきた。
 メイドさんの前でパンツとか言うなよ! デリカシーねーな! 何でこいつが結婚できたんだ? どうせ相手は下品な女だろうけど。
 だが、一応、パンツは貰っといてやるよ。
 オレはコンビニ袋に手を伸ばした。マー君はひょいと手を引っ込め、その手を躱(か)わした。
 「お、ちゃんと虫の巣箱は捨てたんだな。偉い偉い」
 「いや、何、避けてんだよ。さっさと寄越せよ」
 「ゆうちゃん、この俺に二度手間掛けさせといて、それはないだろう? 『買ってきてくれてありがとうございます』は? ん?」
 「………………!」
 マー君は空いている方の手で、オレの胸倉を掴んで宙吊りにした。
 振り解こうともがくが、びくともしない。
 手首を掴まれた時と同じだ。蹴ろうとしたが、足が全く届かない。宙で虚しくバタつかせるだけに終わった。
 首が絞まりつつある。声も出ない。頭に血が昇り、耳まで熱くなってきた。
 ヤバイ! 本格的にヤバイ!
 体が宙を舞った。
 背中から着地して、激しくむせる。
 「ゆうちゃん、窓閉めてエアコン消して」
 マー君は、背中をさすりながら立ち上がるオレに、何事もなかったかのように命令した。逆らったら何をされるかわからないので、取敢えず言われた通りにしてみる。
 「もう夜なんだから、雨戸も閉めろよ」
 硝子窓だけ閉めたオレに、ダメ出しが飛んだ。
 姑根性の脳筋野郎め。
 雨戸と硝子窓を閉め、リモコンでエアコンを停止させた。
 「さ、『わざわざパンツ買ってきてくれてありがとうございます』って言ってみ?」
 「………………」
 「ゆうちゃんは本家の長男だけど、今は農業やってなくて、タダのヒキニートだよね? 法事もノータッチだよね? 家業に従事して責任を果たしてこそ、本家の跡取りなんだから、今のゆうちゃんって『山端家の跡取り』名乗る資格ないと思うよ」
 こいつ、何いきなりオレの存在全否定してんだよ!
 「穀潰しのヒキニートの為に、代表取締役社長のこの俺が、わざわざ車で往復一時間弱のコンビニまで、パンツ買いに行ってやったんだぞ? お礼の一言くらい言っても罰は当たらないと思うけど?」
 「いや、しゃ……社長?」
 「大学ん時に起業して、今年で十三年目。産業ロボットとかのメーカーやってんの」
 「う……嘘だッ!」
 「ハハハッ。そんなすぐバレる嘘吐いても、仕方ないだろう。それに、俺が社長でもそうでなくても、ゆうちゃんのパンツ買いに、遠くまで行った事には変わりないだろ。山端の本家の跡取りは、お礼の一言も言えない礼儀知らずなのか?」
 「………………」
 「別に『礼を述べたら死ぬ病』とかに、罹ってるワケじゃないだろ?」
 ……何だその奇病。
 「ほら、言ってみ? 幼稚園児でも発音できる簡単な単語だぞ?」
 「チッ! はいはい、アリガトーゴザイマース! これでいいんだろ!」
 オレは敢えて目を合わせず、吐き捨ててやった。
 年下の外孫の分際で生意気な。
 「何だ。言えるんじゃないか。心が全くこもってないの、今回だけは大目に見といてやるよ。形から入るのもアリだろ。ゆうちゃん、もういい年なんだから、他人に感謝してそれをちゃんと伝えるって事、学習しろよ」
 また上から目線で説教を始めやがった。聞いてねーし、しつこいっつーの。
 その隙を突いてコンビニ袋をひったくる。
 「え? ゆうちゃん、そんなに痒いの? 今すぐ履き替える?」
 「い、いや、後で……」
 「じゃあ、メシ食いに行こう」
 マー君はオレの手からあっさりコンビニ袋を奪還し、ベッドの上に放り投げた。有無を言わさずオレの手首を掴んで廊下に引きずり出し、もう一方の手で壁のスイッチを切る。
 「いや、ちょ……待て! オレは分家には行かねえ!」
 「あーハイハイ、行きたくない理由は、分家で聞かせて貰うからねー」
 マー君は、手首を掴んだまま階段を駆け降り、オレは落ちないように、何とかついて降りた。
 メイドさんも、他の奴らももういなかった。とっくに分家に行ったのだろう。
 完全に日が暮れて、外はもう真っ暗だった。
 結局、力づくでマー君の車に乗せられてしまった。
 車のライトに浮かび上がった道は、完全に除雪され、乾いた地面が露出している。道の両脇……と言うか、ウチから分家までのルート外の道には、雪が分厚く積もったままだ。
 オレもマー君も無言だった。
 バックミラーに映ったマー君の目は、すっかり大人になっていた。
 三十三歳。外人顔のイケメンで、既婚で、子供が居て、車の免許持ってて、大学出て、起業して、十年以上会社を存続させている社長。
 ……言ってる事が全部本当だったとしたら、オレとは真逆の人生だ。
 マー君は、オレを豪農の跡取りではなく、穀潰しのヒキニートだと断言した。
 オレだって大学に合格してたら、とっくに医者になってて、今頃はこの地区に病院建ててやって、ホントならババアもオレの病院に入院してたんだ。

41.時代←前  次→43.分家
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.