■汚屋敷の跡取り-49.家路(2015年03月21日UP)
日之本帝国に、魔術による犯罪を取り締まる法律がないのが悔しくてならない。このクソ女、やりたい放題しやがって。
「もう自由に動けますよ」
何だ。解除の呪文か。
オレは、凍えきった体を両手でさすりながら、立ち上がる。
こんな所をメイドさんに見られなかったのは、不幸中の幸いだった。
賢治がICレコーダを停止して言った。
「ゆうちゃん、もう帰ったら?」
「は?」
「さっきの話、聞いてたよね? 三枝(さえぐさ)さん、ノリ兄ちゃんを、我が子同然に思ってるって……」
「誰かが、三枝さんにさっきの話を翻訳したら、どうなるだろうなって事だよ」マー君がニヤニヤ笑いながら続ける。「宗教(むねのり)の魔法なら一瞬で灰にできるしなぁ」
こいつらマジ性格終わってるな。
メイドさんが泊ってるんじゃなければ、家ごと燃やしてやるのに。そしたら、今夜で終わるのはこいつらの方だ。
真穂が、お盆代わりにバットに食器を載せて、座敷を出て行った。
ツネちゃんが思い出したように追加した。
「クロエも、さっきの宗教とゆうちゃんのやり取りを聞いてて、凄く怒ってたよ。宗教(むねのり)が、人間への攻撃を禁止する命令を出してなかったら、クロエにも何されるか……」
「えっ……いや、ちょっ…………」
メイドさん、台所じゃなくて隣の部屋でちくわ食べてたのか……
一気に血の気が引く。
不吉なまでに激しい鼓動で、心臓がおかしくなりそうだ。
メイドさんの洗脳は、まだ解けていない。
話の内容を聞いていたなら、オレが悪くないのは普通に分かりそうだけど、「ご主人様を泣かせたオレ」は、彼女の中では、悪者に変換されてしまうんだろうな……何とかして、誤解と洗脳を解かないと……
マー君が本家の方角を指差して言う。
「ゆうちゃん、本家の長男なのが自慢なんだろ? 分家に長居してないで帰れば?」
「自宅に戻って下さい。ぐずぐずするなら……」
魔女のババアが光の剣を一振りすると、オレの眼前に身長サイズの氷柱が何本も現れた。
昔の推理小説みたいに氷柱で刺殺して、凶器は溶けてなくなって完全犯罪ってか?
オレは靴下裸足で雪が積もった庭を走り抜け、玄関に回った。
靴を履き、除雪された道を僅かな電柱の灯を頼りに全力で走る。
舐めやがって、お前ら覚えてやがれ!
永らく部屋を出ていなかったオレの体力は、すぐに底を尽いた。
晩飯も食いそびれている。
冬の夜道、街灯も疎らな農道を凍えながらとぼとぼ歩いた。
来る時はマー君の車だったから良かったが、今はジャージ上下の軽装。
雪は降っていないが、盆地の夜は底冷えする。
空は厚い雪雲に閉ざされ、月も星もない。足下の感触を頼りに家路をたどる。
寒い。
ひもじい。
もう死にたい。
何でこんな目に遭わせられなきゃなんねーんだよ。
三つ子がいきなり学歴自慢とかイヤミな事するのが悪いのに。
真穂も長男のオレを差し置いて結婚決まってるとか、イヤミ全開じゃねーか。
大地主のジジイの嫁なんて相続でウハウハなのに、気に入らねーって、バカじゃねーの。
オレがニートにならざるを得なかったのは、受験に非協力的な身内に足引っ張られたのと、地方在住のハンデのせいなんだぞ。
外的要因はオレのせいじゃないのに、何でみんなに罵詈雑言浴びせらんなきゃなんねーんだよ。
しかも何だよ、あれは。
本当の事を言っただけなのに「不敬罪だ」とか大騒ぎしやがって。図星突かれて逆切れしてんなよ。これだから、チヤホヤ我儘放題に育ったクズはダメなんだ。
王族だからってだけで、過保護に甘やかすから、暴君に育ったんじゃねーか。あの税金泥棒の穀潰しは。
……オレ、明日ムネノリ君が起きたら、処刑されるんだろうな。
最期にメイドさんとちゃんと話して、冤罪なんだって教えてあげたかったな。
会わせて貰えないだろうけど……
ハッ!
オレが処刑されたら、メイドさんが押入れの中身を処分させられるんだ……
死んで説明も関係の修復もできない状態で、ドン引きされる事態は絶対に避けたい。
ムネノリ君よりも、メイドさんのご主人様に相応しいのは、オレの方だったんだって、ずっと憶えてて欲しい。
こんな所でグズグズしてる場合じゃない。
押入れの中身、捨てなきゃ!