■汚屋敷の跡取り-58.初詣(2015年03月21日UP)

 昼過ぎ、ジジイがケータイで「元日の午前中に戻ってくる」と本家の家電話に連絡してきた。
 ジジイの電話に出たマー君が、分家夫婦と何か相談。
 予定を一日繰り上げて、ババアを退院させる事が決まった。
 畳の搬入はマー君と畳屋だけでやった。残りのメンツは、本家に残っていたババアの荷物を分家に運んだ。
 米治(よねじ)叔父さんの車で帰ってきたババアは、オレの顔を見るなり泣きだして、全く会話が成立しなかった。
 他の奴らは、大掃除の合間にちょくちょく見舞いに行っていたらしい。
 オレの様子も逐一ババアの耳に入っていたようで、ババアは「ほんに、ほんに、ゆうちゃんが……」と何度も繰り返していた。
 顔合わせが済んでいるせいで、ババアは初曾孫の政晶も、外人もスルー。ひたすらオレに粘着した。
 ババアが落ち着いた頃合いに年越しソバ。
 みんなでテレビの年越し番組を視つつ、山の上から遠く響いてくる歌道寺(うどうじ)の除夜の鐘を聞く。
 こんなに親戚が集まって、穏やかに年を越すのは、生まれて初めてだった。
 オレはただ流れに身を任せ、あるがままに年越しの夜を過ごした。
 特に楽しいとは思わなかったが、何故かイヤな気持ちもしなかった。

 二二一四年元日。
 夜明け前に起こされたが、不思議と腹は立たなかった。
 全員で風鳴(かぜなき)神社に初詣に行く。
 まだ暗い参道を提灯が仄かに照らし、帰省してきた人々が、晴れ着姿で石段を登る姿が見えた。
 おっさん姿のメイドさんは、何故か石段の下で留守番だった。
 マー君がババアをおんぶして、三枝がムネノリ君をお姫様だっこして石段を登る。
 ツネちゃんが松葉杖を持っていたが、途中で一本だけオレに寄越した。オレは黙ってそれを受け取り、肩に担いで石段を登った。
 登りきった所でマー君がババアを降ろす。
 オレ達が杖を返すと、ババアはまた泣いて喜んだ。このババアが嫁いびりでオフクロを殺したとは、到底思えなかった。
 二十年振りくらいの初詣だったが、オレは特に祈りたい事もなかったので、形だけ手を合わせておいた。
 ババアはやけに長い間、熱心に拝んでいた。
 屋台の出店も何もない境内で、御神火で暖を取りながら初日の出を待つ。
 集まった老若男女は、白い息を吐き寒さを堪えながら、神妙な面持ちで東の空を見詰めている。
 一週間前までのオレなら、そもそもこんな時間にこの場所には来なかった。
 エアコンの効いた自室でぬくぬくしながら、昼過ぎ頃にネットで初詣関連のニュースを見て「こんな茶番、くっだらねぇ」と鼻で笑って馬鹿にしていた。
 床下の遺体は今、警察が身元を調べているが、まず間違いなく、オフクロだろう。
 最悪の形とは言え、行方が分かった事が、オレの中の「何か」を変えた。はっきりと実感している。
 オレは、オヤジ達と一緒にゴミに埋もれた家に捨てられたのではなかった。
 三十年の間に感情が鈍麻してしまったのか、涙は出なかった。悲しいのかどうかさえ、よくわからない。
 一応の「区切り」がついたらしい、安堵のようなものはあった。
 オフクロは、オレを捨てていなかった。
 空には薄い雲が広がっていたが、新しい年の最初の光は確かに昇ってきた。
 初日の出を待っていた人々は、合掌したり、感嘆の声を上げたり、ケータイで撮ったりと、思い思いに今年最初の朝日を迎えた。
 今なら、何か新しい事が始められそうな気がした。
 社務所でおみくじを引いたら、小吉だった。微妙な結果に苦笑する。
 おみくじに一喜一憂する人々をムネノリ君が優しい目で見ていた。
 分家に戻って雑煮を食ってから本家に向かった。

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