■汚屋敷の跡取り-16.晩御飯(2015年03月21日UP)
【12月27日午後6時現在……床可視率0%、堆積層の厚さ約73センチ】
それはそうと、汗だくのシャツが背中にへばりついて気持ちが悪い。
「では、お洗濯をお願いして参ります」
メイドさんが、洗濯物の袋を手に立ち上がった。
「は? いや、お願い? クリーニング出すの?」
「フタバさんにお願いします」
「は? いや、フタバって誰?」
「隊長さんです」
「は? いや、隊長って何の?」
「ムルティフローラ王国軍近衛騎士団赤い盾小隊の隊長さんです」
赤い盾……あぁ、左襟のは小隊のマークなのか。
「いや、あの大男、フタバって言うんだ?」
「フタバさんは女の方です。男の方はサエグサさんです」
そう言って、メイドさんは階段を降りて行った。
あの大男、女騎士の部下なのか。女の下について、情けない奴だな。まぁ、あのKYっぷりじゃ出世できなさそうだし、女に使われても仕方ないよな。つか、あいつ、あのガタイで女より弱いのか(笑)
メイドさんが居ない間も、ゴミを袋に詰める手は休めない。
ゴミ袋一枚が満タンになる間もなく、メイドさんは戻ってきた。
「お洗濯、終わりました。服を仕舞うのは、ドアが開いてからにしましょう」
「いや、えっ? 早ッ!?」
「魔法ですから」
「いや、えっ……あ、そっか。いや、あー、あれ……フタバとサエグサって、何か日之本帝国っぽい名前なんだな」
タンスも当然、年単位で開けていない。もしかすると、こっちも虫地獄かもしれない可能性に気付き、何となく話題を変えてみた。
「魔法文明圏の国々では、真名ではなく、家の紋章で呼ぶ習わしです。湖北語のままですと、発音が難しいので、この国の言葉に訳して『二枚の羽』『三本の枝』。それを更に苗字らしく言い換えて『双羽』『三枝』です」
「いや、え、あー、ハハッそうなんだ。じゃ、君の『クロエ』も?」
「いいえ。私は毛が黒いからです」
猫じゃあるまいし、毛の色ネーミングって、ふざけてんのか!? ムネノリ君、最悪! 最低!
「いや、いやいやいや、それは違うだろう? 君、ホントにそれでいいの?」
「はい、私はとても気に入っています」
「いや、えっ? 気に入ってんの? マジで?」
「はい。ご主人様が私の為に、考えて下さった大切な名です」
メイドさんは、琥珀色の瞳を輝かせ、うっとりとした顔でそう言った。魅了の魔法でも掛けられてるんだろうか?
必ず洗脳を解いて、オレの嫁にして、まともな名前に改名してあげるからね。
それから更に八袋分のゴミを積み上げた頃、知らない男の子の声で晩飯コールが掛かった。と、言っても電話ではなく、玄関先から呼んでいるだけだ。オレもメイドさんもケータイは持っていない。
「クロエさーん、晩ご飯できたってーっ!」
「はーい。すぐ参りまーす!」
「いや、ちょっ、待って、あれ、誰?」
降りて行こうとするメイドさんを質問で部屋の前に引き留め、オレは廊下に出た。
「政治(まさはる)さんの息子さんの政晶(まさあき)さんです」
「いや、えっ? マー君、子供いたんだ。いや、結婚式とか聞いてないけど?」
「はい。結婚式はなさいませんでした」
オレより四つも年下のくせに子供作るとか生意気な。
「いや、あの、マー君の嫁って、どんな人? あの子、嫁の連れ子?」
「奥様は、今年の春に亡くなられました。政晶さんは、ご夫妻の嫡子です」
「いや、えっ? マー君の嫁、死んだの? 何で?」
「はい。ご病気で……」
「いや、病気って、何の……つか、葬式は?」
「私は病名までは伺っておりません。お葬式は奥様のご意向でなさっていません」
「クロエ、おいで」
玄関先からロリ声が呼んだ。
メイドさんはパッと表情を輝かせて、踊り場に飛び降りた。足音ひとつ立てず華麗に着地。更に一階の廊下に飛び降り、脇目も振らず玄関へと走って行く。
残念ながら、パンツも太腿も見えなかった。
「いや、ちょっ、待っ……まだ話が……」
「お話は分家でご飯食べながらでもできるよ。ゆうちゃんも……」
「いや、分家なんか行かねーっつってんだろ! テメーらで勝手に食ってろよ!」
ムネノリ君はそれ以上何も言わなかった。ガタガタと玄関に硝子戸を嵌め込むらしき音に続いて、それが閉まる音がガラガラ響いた。そして、急に静かになった。