■汚屋敷の跡取り-10.ゴミ袋(2015年03月21日UP)
八畳の自室のドアを閉め、外界との接触を断ち切る。
これでいつも通りだ。
あいつら、後でジジイとオヤジにフルボッコにされるがいい。
オレは優しいから、一応、常識ってもんを教えてやったし、やめるようにも言ってやったからな。賢治と真穂は最悪、勘当されるかもな。ざまあwww
布団に潜り込み、ぬくぬくする。
非常識な連中に早朝から叩き起こされて眠い。
眠い筈なのにムカついて眠れない。
メイドさんの手造りおにぎりと卵焼きは美味かったが、その幸せなひとときで差し引いても、まだ余りあるくらいムカつく。
やっぱり、もう一言二言苦情を言ってやろう。
つーか、これ、窃盗じゃね? 家長代理であるこのオレの許可なしで家の物持ち出して、捨てるって言って、リサイクル屋とかに売り捌いてんじゃね?
ヤバイ! 駐在さんに通報しなきゃ!
ベッドから跳ね起きる。
動悸が激しくなり、頭がガンガンした。
服塚が崩れ、ベッドから落ちたが、そんな物に構っている暇はない。セーターを拾い上げると急いで身に着け、ドアを開けた。
メイドさんと目が合った。
メイドさんは、ノックしようとした姿勢のまま固まっている。
オレも、間近に見た琥珀色の瞳に魅入られたように固まった。
「優一さんのお手伝いと、アドバイスをするようにとのご命令で参りました」
先に我に返ったメイドさんが用件を告げた。
ムネノリ君め、あんだけ言ってきかせたのに、まだわかんないのかよ。
メイドさんも、ダメなご主人様を持って大変だよな。その点、このオレなら……
「優一さんが自主的にお掃除なさらない場合、部屋の中身を全て窓から捨てるように命じられています」
メイドさんに無茶振りするにも限度ってもんがあるだろうが!
今度は優しくなんて言ってやらん。あのロリ声、ガツンと言って泣かしてやる!
部屋を出ようとするオレの眼前に、黒く艶やかな幕が現れた。
ツルツルの幕を払いのけようと、右手で掴む。
黒い幕はゴミ袋だった。
「まずは、ドアを全開にする事を目標に、入口付近にある『明らかに不要とわかる物』をゴミ袋にお入れ下さい」
「は? いや何これ? いつの間にオレが掃除する事になってんの?」
「さあ……? それは私ではわかりかねます。私は、ご主人様のご命令に従うだけですから」
メイドさんが困惑した顔で答えた。
そりゃ、あんな頭がお花畑のご主人様の考えなんて、まともな人に理解できる筈がない。彼女は正常だ。
「いや、あの、さ、ムネノリ君を呼んできてくれる?」
「致しかねます」
きっぱりと断られてしまった。
彼女もムルティフローラ人で、王族様のご命令は絶対なんだろう。どんな理不尽な命令にも絶対服従を強いられる国民が、気の毒でならない。
よく考えたらあの外人女……女騎士も仕方なく、王族の我儘に付き合わされて、命令だから仕方なく、あんな態度を取っていたのだろう。
でなければ、明らかにムネノリ君より男らしくて優秀なこのオレに、あんな風にする筈がない。宮仕えってのは大変だな。
オレがゴミ袋の口を広げると、メイドさんはホッとしたような笑顔を見せてくれた。
「優一さん、お掃除して下さるんですね」
「いや、あ……その……オレが掃除しないと、メイドさんが叱られるんだろ?」
「いいえ。もうひとつのご命令を実行します。お掃除、なさらないんですか?」
「え? いや、あの……ホントに窓から捨てるの?」
「はい」
メイドさんは屈託のないイイ笑顔で答えた。
そっか、彼女も魔女なんだ。部屋の中身を外に出す魔法のひとつやふたつ、余裕で使えるって訳だ。
で、作業が終わるまで戻って来んなって言われてるんだな。
つまり、掃除が終わるまで、メイドさんはムネノリ君のお守から解放されて、オレと二人きりになれるって訳だ。そりゃ、オレが掃除するっつったら、笑顔にもなるわ。
「いや、その、あの……ちが、違うんだ。かっ確認しただけ。メイドさんが手伝ってくれるならすぐ済むし、掃除はするよ。うん」
「私がご主人様から与えられたご命令は、優一さんが自らお掃除する場合、お掃除の方法についてアドバイスをする事、お掃除のお手伝いとしてゴミをお庭に持って行く事、優一さんがお掃除をしている間に限り、回答可能な質問に答える事……の三つです」
「は? いやいやいやいや、それは違うだろう? メイドさんが掃除するんだろ?」
「ご主人様から、優一さんのお部屋に入る事は、禁じられています」
じゃあ、どうやって部屋の中身を捨てる気だったんだ? ……魔法で遠隔操作?
「部屋に入らないと掃除の手伝いできないよね?」
「私に与えられたご命令は、掃除のアドバイスとゴミ捨て、条件付きで質問への回答の三つです。入室は禁じられています」
木で鼻をくくったような、取りつく島もない返事だった。
まぁいい。掃除しながらメイドさんの事を色々聞いてみよう。
ムネノリ君め、アホの子のくせにプライバシー保護とか、余計な気を回しやがって……まぁ、メイドさんに見られたら困る物も、ちょっとは置いてあるし、ある意味よかったと思う事にしよう。
「いや、あー、その……じゃ、じゃあ、今から掃除するよ。まずは君の名前を教えてくれる? クロエって苗字? 名前?」
「私の真名(まな)はご主人様以外の方にはお教えできません。『クロエ』は他の方々が呼びやすいようにと、ご主人様がお与え下さった仮の名です」
ご主人様が好き勝手改名って、古代の奴隷かよ。ムルティフローラは、未だに原始時代なのか?
「いや、えー……あ、そ……そうなんだ。オレにも本名は教えてくれないの?」
「禁則事項です」
「いや、え? 禁則……」
「はい。ご主人様以外のどなたにもお教えできません。例え国王陛下であってもです」
王様でもダメって、凄え……どんな習慣だよ?
「優一さん、手が止まってますよ」
「いや、あ、やるやる。……いや、あの……えー……何するんだっけ?」