■汚屋敷の跡取り-62.抵抗(2015年03月21日UP)

 ババアのすすり泣きと、住職の読経の声が一際高くなった。
 「警察から遺体が帰ってきたら、晴海さんのご実家に連絡します。遺骨をお返しして、事情を説明して、葬儀代と墓代とその他、できる限りの事をさせて戴きたく存じます。山端の家の者は、会う事すら拒まれるかもしれません。それでも、できる限りの償いを致したく存じます」
 米治叔父さんが、座布団から降りて開かずの間に向かって土下座した。ババアも椅子で深々と頭を下げている。二人とも魔法で強制されてはいない。
 俺は座布団から降り、背筋を伸ばして気合いを入れて言った。
 「母ちゃんの葬式はここじゃダメだ。母ちゃんの実家でやる。ジジイとオヤジは葬式に来るな。それと、オレはここを出る。他所に行って他所で就職して他所者になってやる。結婚はしない。こんな家、もう絶えればいいんだ!」
 自分でも思っていなかった大きな声が出た。
 叔父さん達と同じで、ムネノリ君の魔法は掛かっていない筈なのに、スラスラと言葉が出てきた。
 区長達は、全く否定せずオレに同意を示してくれた。
 「皆様、他にご質問はありませんか」
 ムネノリ君の質問に、皆口々にこれ以上聞く事がない旨を告げる。ムネノリ君はひとつ頷いて、杖の石突きで畳をトントンと打って言った。
 「もう自由に話せますよ」
 呪縛が解けた罪人たちは、畳に前のめりに倒れる。
 二人は起き上がるなり、オレに殴りかかってきた。
 咄嗟に体が動かず、オヤジの拳をまともに食らう。左上から頭を殴られ、畳に叩きつけられた。
 ババアが椅子ごと倒れて悲鳴を上げる。
 倒れたオレに重い蹴りが執拗に浴びせられる。口の中に鉄錆臭い味が広がった。
 「穀潰しの分際で、親に舐めた口利きやがって!」
 オヤジが斜め上な事を怒鳴っている。住職達が口々に制止する声が聞こえる。
 ……オフクロは、こんな風に殺されたんだな。
 オレは両腕で自分の頭を庇う事しかできなかった。
 不意に蹴りが止んだ。
 ジジイとオヤジは、まだ何か訳のわからない事を喚いている。
 恐る恐る顔を上げると、ジジイは米治叔父さんと消防団長、オヤジはマー君と駐在さんに取り押さえられていた。
 倒れたババアをツネちゃんと分家の嫁が介抱している。
 ムネノリ君が湖北語で何か言い、三枝がこちらに近付いてきた。小声で呪文を唱え、ジジイとオヤジの肩に軽く手を触れる。二人は糸の切れた操り人形のように動かなくなった。
 「かっかっ体が……動かん!」
 「何しやがったこの野郎!」
 口だけは動くらしく、口汚く罵り始めた。
 廊下側の襖が開き、おっさんに化けたメイドさんが、ビニール紐とガムテープを持って入ってきた。いつの間に仏間を出たのか、全く気付かなかった。
 「二人を拘束して駐在所に連れて行って下さい」
 メイドさんは、おっさんの声でそう言って、駐在さんに紐とガムテを渡した。
 二人を縛り上げ、駐在さん、米治叔父さん、消防団長が三人掛かりで外に連れ出す。
 少しして、車のエンジン音が遠ざかって行った。多分、米治叔父さんの車で運んだのだろう。
 「傷害で訴えるのなら、病院の診断書が要るんだけど、どうする?」
 ツネちゃんがオレの横にしゃがんで言った。
 もうこれ以上、あの二人と関わり合いになりたくない。
 「いや、もう縁切るから。暴行の現行犯だし、それで充分だ」
 喋ると血の混じった唾が口の端から垂れた。
 ムネノリ君が立ち上がって癒しの呪文を唱えてくれた。杖は椅子に立て掛けてある。
 やさしい声に包まれると、全身の痛みが嘘のように引いていった。
 「ありがとう」
 言葉が自然と口からこぼれた。
 詠唱を終えたムネノリ君は「うん」と言って微笑んだ。
 「我々、巴家の者も山端耕作、山端豊一とは縁を切ります。ウチに来たら警察に通報しますので、宜しくお伝え下さい」
 マー君も絶縁を宣言し、区長達はそれを承認した。
 ババアがオレの腕を掴んで言った。
 「ゆうちゃん、他所で働くったって、何ぞアテはあるのかい?」

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