■汚屋敷の跡取り-53.駐在さん(2015年03月21日UP)

 「ゆうちゃん、そんな所で何してるの? 風邪引くよ?」
 ロリ声が普通に話し掛けてきた。
 夢かと思ったが、この地面の冷たさは現実だ。
 何でオレの居場所が……? 服の裾がはみ出してる? いや、ジャージ上下でそれはない。どっかから見てた? いや、まだ真っ暗な内に入った。それもない。
 「えっ? ゆうちゃん、崩れたゴミの下敷きになってんの?」
 「間抜けねー」
 真穂と藍が呆れた声で言った。
 違う! オレは自分の意思でここに居るの!
 「黒江、本棚を除けて、ゆうちゃんを出してあげて」
 「かしこまりました。ご主人様」
 野太いおっさんの声が返事をして、本棚が動いた。ジャージの襟首を掴まれ、ゴミ山から引きずり出される。
 スーツをきっちり着こなした執事っぽいおっさんが、オレを片手で吊り下げていた。
 琥珀色の瞳がオレを見てから、ムネノリ君の方を向いた。五十絡みの落ちついた雰囲気が漂う燻し銀系の男前。紳士服屋の広告モデルみたいだな……
 「黒江、ゆうちゃんを降ろしてあげて」
 「かしこまりました。ご主人様」
 襟首から手を放されたオレは、そのまま地面に座り込んだ。
 執事の名前もクロエかよ。
 ムネノリ君、ネーミングセンス無さ過ぎ! ……いや、待てよ。この人は本名「黒江」の可能性もありそうだな。
 「ゆうちゃんは自分のクズさ加減に気付いて、ゴミの仲間入りしてたのかもよ?」
 「えーっ? 流石にそれはないんじゃないかなー?」
 マー君がニヤニヤ笑いながらオレを見降ろしている。真穂が半笑いでそれを否定した。
 「ゆうちゃん、もうすぐ警察の人が来るから、立ち会い宜しくね」
 「は?」
 問答無用で処刑するんじゃないのか。いちいち駐在呼んで調書取るのか? ……と言う事は裁判するんだな。なら、冤罪を晴らすチャンスだ。
 庭には三つ子、騎士二人、賢治、真穂、藍、分家の嫁と執事のクロエ。メイドさんの姿は見当たらない。
 ここを離れる前に彼女の誤解だけでも解いてあげなきゃ。
 「いや、それより、メイドさんは?」
 「クロエ? そこに居るけど? ゆうちゃん、疲れてるみたいだし、お掃除は後でいいよ」
 「いや、掃除じゃなくって……」
 「宗教(むねのり)、ゆうちゃんは説明の時、居なかったからわからないんだよ」
 「あ、そっか」
 ツネちゃんに言われ、何かに気付いたらしい。
 「ゆうちゃん、クロエを見ててね。クロエ、女中になって」
 ポンッ
 紙袋が割れたような音に続いて、おっさんの姿が消えた。
 次の瞬間には、メイドさんの姿がそこにあった。
 何をどう……反応も判断も理解もできない。
 フリーズするオレに、ロリ声が解説する。
 「クロエは僕の下僕なの。お掃除とか頼む時は女中の形で、他の用事の時はさっきの形で、用事のない時と寝る時は、にゃんこの形にしてるの。ホントの形も見てみる?」
 聞かれて反射的に頷いてしまった。
 「クロエ、元の形に戻って」
 ポンッ
 メイドさんが立っていた場所に、巨大な鳥の足が現れた。逞しい猛禽類の足を見上げると、膝から上は、全身が黒い毛皮に覆われたマッチョなおっさんボディだった。
 猫科っぽい滑らかで光沢のある毛皮に覆われた手は、人間のような形だが、鉤爪が生えている。
 頭部は巨大な猫のような形で、琥珀色の瞳がオレを見降ろしていた。
 身長は、二階の屋根よりも高い。
 化け物は、猛禽類を思わせる暗褐色の翼をバサリと広げ、消防ホースのように太く力強い猫の尾を左右に振った。
 「クロ、おいで。だっこしよう」
 ポンッ
 巨大な化け物が消え、黒猫がしっぽをピンと立て、軽快な足取りで、ムネノリ君に駆け寄った。
 ムネノリ君が、飛びついてきた漆黒の獣を抱き上げ、頭を撫でる。黒猫はメイドさんと同じ色の目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
 「……………………」
 「やあ、どうもどうも、おはようさん」
 駐在さんののんびりした声で我に返った。
 庭に白バイと分家の軽トラが停まり、駐在さんと米治叔父さんが降りてきた。
 「朝早くから恐れ入ります」
 「暮れのお忙しい時に申し訳ございません」
 ムネノリ君とマー君が駐在さんに頭を下げた。
 他の面々も会釈して駐在さんを迎える。
 「あー、いえいえ、とんでもない。殿下、そんな、こちらこそお世話になります。平和なとこで年末警戒って言っても何もありませんで」
 駐在さんは騎士達に会釈し、ムネノリ君の前で直立不動の姿勢をとって敬礼した。
 不敬罪とかわけわからん犯罪でも、このクソ田舎じゃ大事件扱いかよ。

52.火葬←前  次→54.雑妖
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.