■汚屋敷の跡取り-24.靴(2015年03月21日UP)
年末のショッピングセンターは、人でごった返していた。
やれやれ、ここの田舎者共は、他に行くとこないのかよ。
「お待たせ。ゆうちゃん、大分まともに見えるようになって、よかったな」
「………………」
昨日、酒呑んでてあの場に居なかった癖に、よくあんな次から次へと、スラスラ嘘吐けるな。
オレは嘘吐きとは口利かねーんだよカス。
「次、靴屋な。何系がいい? 農作業用? ビジネス用の革靴? 運動靴?」
「………………」
オレはどこにも行かねーから、靴なんか要らねーんだよ。わかれよ。脳筋野郎。
「取敢えず、運動靴にしとこっか。歩きやすいし」
「………………」
そうだな、その方がテメーからダッシュで逃げやすそうだしな。
マー君は、オレの手首を掴んで歩きだした。
コイツ、いちいち手を繋ぐなよ。他の客にアッーな関係だと思われたらどうすんだよ。
オレは振り解こうともがいたが、マー君はオレの手をガッチリ掴んで放そうとしない。
「ゆうちゃん、何してんだよ。みっともない」
「いや、みっともないのは、いい年こいて手を繋ぎたがるお前だよ」
「迷子になったら困るだろ」
マー君は歩みを止める事なく、真顔で言った。
……子供かよ。
マー君、他所者だからここで迷子になったら、ウチにも自分の家にも帰れないんだ。迷子になるのが怖くて地元民であるオレの手を放したくないってか。
図体ばっかでかくなって、中身はガキのままかよ。情けない。
「ゆうちゃん、ここ初めてだし、ケータイ持ってないから直接呼べないし、迷子の放送をしてもらっても、どこに行けばいいかわかんないだろ? 歩いて帰るの無理な距離だし、金も持ってないし、迷子になったらどうするつもりなんだよ」
オレかよ。
つか、そんなに言うなら、金とケータイ寄越せよ! 気が利かねーな。
「い……いや、じゃっ、じゃあ、聞くけど、マー君はどうなんだよ。じっ、地元じゃねーし……」
「俺はケータイ持ってるから、ケンちゃん達とすぐ連絡つくし、ここも何度も来てるから、ある程度知ってるし、そもそも俺の車で来たの、忘れたのか?」
マー君は呆れつつも、オレを靴屋に引きずって行くのをやめなかった。脳筋野郎だからか、靴屋ではなく、スポーツ用品店の前で立ち止まり、ようやくオレの手首を解放した。
「サイズいくつ?」
「………………」
「ゆうちゃんは、何でさっきから余計な事しか言わないのかな? そんな事ばっかするんなら、今から高速の路側帯にゆうちゃんを捨てに行くけど、どうする? ん?」
マー君の顔はニヤニヤ笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
それ実行されたら軽く死ねる。
「……27」
「すみませーん、これの27ありますかー?」
マー君は、店頭で安売りされているランニングシューズを指差して、店員を呼んだ。
この店は、靴も服もマラソン用を推していた。
看板のすぐ下に吊るされた巨大なポップには「県縦断マラソンを全力で応援」と書いてあった。
マジキチ。県縦断って、四十二・一九五キロじゃ済まないんですけど……
「ゆうちゃん、ちょっと履いてみて」
オレは足下に並べられた靴に足を入れた。ぴったりだった。
まぁ、デザインはダサいが、ババアのつっかけに比べればマシだな。
「ゆうちゃん、どう? キツかったり、緩かったりしない?」
「いや、別に」
「じゃ、これ下さい。すぐ履くんで箱はいらないんですけど、袋だけ貰えますか?」
「かしこまりました」
マー君が支払いをしている間に靴紐を結び直す。
運動靴なんて高校卒業以来、履いていない。手順を思い出しつつ、一個ずつ着実に穴に通し、両足の靴紐を結び終えた。
立ち上がって足の具合を確かめる。
新品の靴特有の違和感。
まだ足に馴染んでいない靴底は、ふわふわとして頼りなかった。だが、ババアのつっかけよりはマシだ。
「手を掴まれるのがイヤなんだったら、こうしようか」
マー君はそう言って、ババアのつっかけが入った袋の取っ手のひとつをオレに持たせ、もう一方を自分で持った。
ひとつの荷物を二人で♪
いや、いやいやいやいや、より一層カップル度を上げてどうする!?
オレは袋から手を離し、マー君のコートのベルトを掴んだ。
マー君はその件についてそれ以上何も言わず、歩きだした。
「ゆうちゃん、靴の他に何か要る物ある?」