■汚屋敷の跡取り-59.親族会議(2015年03月21日UP)

 米治叔父さんは、歌道寺(うどうじ)の住職、区長、隣保班長、消防団長と駐在さんを呼びに行った。
 おっさん姿のメイドさんが、仏間に座布団を並べ、分家の嫁がお茶の用意をした。
 朝十時頃、山端本家の仏間に親族会議参加者とその証人が集合した。
 ジジイ達はまだ戻っていない。
 「あのゴミ屋敷が……」
 区長、隣保長、消防団長が声を揃えて何か言いかけて、続きの言葉を呑みこんだ。感心して、しきりに首を振ったり傾げたりしながら敷居を跨ぎ、仏間に入る。
 住職は一同に黙礼し、仏壇に経を上げ始めた。真新しい畳の清々しい香りに線香の匂いが混じる。
 上座のお誕生日席に、親戚だけど王族でもあるムネノリ君が着き、その膝に黒猫に変身したメイドさん。両脇に双羽(ふたば)隊長と三枝(さえぐさ)。
 座敷に近い側の上座から、住職、区長、隣保長、消防団長、駐在さんという証人が座る。
 その対面は身内席で上座から、米治叔父さん、分家の嫁、マー君、ツネちゃん、オレ、ババア。子供らは分家で待たせている。
 叔父さんと住職の間に物置から出してきた火鉢が据えられた。ムネノリ君とババアの席は畳の上に置いた台所の椅子で、他は先日買ったばかりの座布団。
 全く様変わりしていて、まるで他所の家のようだが、ここはオレが生まれ育った家だ。
 これから起こる事を考えると気は重かったが、藺草(いぐさ)と線香の香りのせいか、心は妙に穏やかだった。
 米治叔父さん、マー君、ツネちゃんがICレコーダをポケットに潜ませている。
 叔父さんのは自前だが、マー君とツネちゃんのは、賢治と真穂が託して行った物だ。
 待っている間、米治叔父さんが、証人達に三つ子と騎士を紹介した。
 二杯目のお茶を飲み干す頃、ジジイとオヤジが帰ってきた。
 「何じゃこりゃあぁあぁぁぁぁッ!?」
 ジジイが叫びながらオレの真後ろの障子を開けた。
 仏間の様子と、集まった面々に更に驚いたらしく、「なっなっなっなっ……」と言ったきり、言葉にならない。
 オヤジは、ジジイの後ろで呆然と見ているだけだ。
 「じいちゃん、あけましておめでとう。寒いから、そこ閉めて玄関から回って来てよ」
 マー君がにこにこしながら言うと、ジジイは素直に障子を閉めた。
 二人は襖を乱暴に開け、入ってくるなり怒鳴った。
 「家にあった物どこにやったんじゃッ!!」
 「お前ら何者だ!? 何で外人が居るッ!?」
 ムネノリ君が、二人に杖の黒山羊を突きつけて言った。
 「山端耕作(やまばたこうさく)、山端豊一(やまばたとよかず)、そこに座りなさい」
 ロリ声だが、口調も態度もどことなく、双羽隊長を思わせる冷やかなものだった。
 二人は見えない誰かに膝カックンでもされたかのように、不自然な動作でその場に正座した。……いや、正座させられた。オレが隊長にやられたのと同じアレだ。
 呪文を唱えなくても、普通に命令しただけで強制できるのが、ムネノリ君の「力」の凄さなんだろう。
 「あ……ッ! 足が勝手に……!?」
 「目上の者を呼び捨てにするな! 怪しからん!」
 ジジイは普通に驚いているが、オヤジの思考回路はオレの理解の枠を超えていた。今、そんな場合じゃないだろ。
 「山端耕作、山端豊一、質問への回答以外の発言を禁止します」
 ムネノリ君の命令に二人は顔を歪ませた。文句を言おうとしたが、口が動かないのだろう。凄い目付きで正面のムネノリ君を睨みつけている。
 仏壇の前で読経していた住職が、区長の隣に戻って一礼した。
 米治叔父さんが座布団から降り、深々と一礼して挨拶を述べた。
 「皆様、本日は新年のお忙しい中お集まり戴きまして、誠に恐れ入ります。二二一四年一月一日、午前十時四十七分、只今より山端家の親族会議を執り行います。尚、この場の発言は記録致します。悪しからずご了承の上、ご理解とご協力をお願い申し上げます」
 ジジイとオヤジ以外の全員が、同意の言葉を口にしたり、頷いたりした。
 「初対面の方もいらっしゃいますので、まずは簡単なご紹介から参ります。上座に居りますのは、本家長女・瑞穂(みずほ)の三男・宗教(むねのり)。彼はムルティフローラ王国の王族でもあります。後ろに控えていらっしゃるお二方は護衛の騎士、女性がフタバさん、男性がサエグサさん」
 「宗教(むねのり)です。あけましておめでとうございます。議題がおめでたくない物である事をお詫び申し上げます」
 ムネノリ君は座ったまま軽く頭を下げた。
 「次に証人としてお越し戴きました皆様……上座から、歌道寺(うどうじ)のご住職・八鹿(ようか)さん」
 「歌道寺でございます。この度は誠にご愁傷様でございました。謹んで故人の菩提のお弔いをさせて戴きます」
 そう言って住職は小さな声で念仏を唱え始めた。
 「宜しくお願いします。……お隣は、風鳴(かぜなき)地区の区長でいらっしゃる九斗山さん」
 「あけましておめでとうございます。不肖、九斗山太一(くどやまたいち)、老いぼれてはおりますが、この目でしかと見届けさせて戴きます」
 「ありがとうございます。お次は、隣保長の大山(おおやま)さんです」
 「新年おめでとうございます。大山でございます。何やら大役を仰せつかり、恐縮です」
 「こちらこそ恐れ入ります。では、消防団長の大笹(おおささ)さん、お願いします」
 「風鳴地区消防団長の大笹です。おめでとさんでございます。大掃除のゴミ焼きが無事に済みましたようで、宜しゅうございました。ここは、いつ火事を出すかと、気が気でおませなんだので、安堵仕りました」
 「ご心労をお掛け致しまして、申し訳ございません。お次は、駐在所の和田山(わだやま)巡査殿」
 「風鳴駐在所の巡査、和田山です。本日は風鳴地区に住む一個人として、末席にて拝聴致します。宜しくお願い申し上げます」
 「お正月休みの所、お呼び立て致しまして恐れ入ります」
 駐在さんは制服ではなく、普通のスーツだった。住職は袈裟だが他の証人は紋付き袴だ。
 親族側もオレと米治叔父さんは紋付き、ババアと分家の嫁は黒の留袖、三つ子と騎士はスーツだった。
 一人挨拶する度に米治叔父さんは深々と頭を下げ、ムネノリ君を含む身内も頭を下げた。
 ……いや、ムネノリ君、王族なのにこんなクソ田舎の爺共にそんな頭なんか下げたら、爺共が勘違いして調子に乗るだろ。
 ババアは、椅子の上で腰が二つ折りになるまで頭を下げていた。
 ……あぁそうか、外国の王族じゃなくって、山端の身内として頭下げてるのか。
 オレも一応、空気を読んでそれに倣った。
 よれよれの背広を着たジジイとオヤジは、魔法で固定されているのか、動かなかった。
 次に叔父さんは、身内を紹介した。
 こういう場で、何を言えばいいのかわからなかったので、取敢えず名前と「宜しくお願いします」とだけ言っておいた。
 声は震え、滑舌は最悪。ダメダメだったが、何とか、言うだけは言えた。
 他の奴らの場慣れ具合がハンパなく、オレの場違い感が炸裂しまくりだった。
 もう部屋に戻ろうかと思ったが、叔父さんに借りた紋付きも返さなきゃいけないし、本家の跡取りであるオレが、逃げる事など許される筈がない。
 居心地の悪さと戦いながら、次の動きを待った。
 米治叔父さんが座布団に座り直し、ムネノリ君に目で合図を送る。
 ムネノリ君は、ジジイに黒山羊を向けて問うた。
 「山端耕作に質問します。山端豊一の妻・晴海(はるみ)の行方不明について、知っている事があれば、包み隠さず事実のみを言いなさい」
 一同の目がジジイに注がれた。

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