■汚屋敷の跡取り-55.事件(2015年03月21日UP)
オレ達は分家に引き上げた。
警察はまだ本家で現場検証をしている。
座敷には重苦しい沈黙が降りていた。
床の間を背にした上座に米治叔父さん、その対面にオレ。廊下側の上座からムネノリ君、マー君、縮小コピー、ツネちゃん、分家の嫁。縁側サイドの上座から賢治、真穂、藍、紅治の順で座っていた。オレと分家の嫁の間に三枝が立ち、双羽隊長と黒猫はムネノリ君の背後に居ると言う、謎の席次だ。
黒猫は、フェイクファーの猫用おもちゃを前足で抱え、猫キックしていた。ファーがにゅるにゅる動いて、なかなか当たらない。
ネズミ型ではないが多分、あれがメイドさんの言っていた「ネズミのぬいぐるみ」だ。
黒猫は場の空気にお構いなしで、一人遊びに興じていた。
「いや、ムネノリ君の一声で令状もないのに警察動くって、ズルくねぇ?」
沈黙に耐えられなくなったオレは、言ってしまった。
藍が固い声で反論する。
「死体を見つけたら、普通に一一〇番するでしょ」
「あのね、僕、時々警視庁の人に頼まれて、行方不明者の捜索のお手伝いしてるの。空き家の床下とか、岸壁沿いの海底とかでよく見つかるんだよ。それでね、よく知ってる刑事さんに本家の事言ったら、ここの県警と駐在さんに連絡してくれたの」
……よく見つかるのか。都会怖えぇぇ。
まだ震えが残る手で湯呑みを掴み、すっかりぬるくなった番茶をすすった。
「いや、王族なのにわざわざ現場まで出向いて、警察犬の真似事してんの?」
「行かないよ。お家か大学か警察署で、写真とか遺留品とか見せて貰って、生きてるかどうか視るの。生きてなさそうなら、三界(さんかい)の眼(め)の範囲を広げて周囲十キロ圏内を視るの。その人かどうかまではわかんないけど、範囲内に死体があればわかるよ」
……言ってる事が電波過ぎて、何の事やら全く意味がワカリマセン。
オレはそれ以上、質問の言葉を思いつかなかったので、無言でムネノリ君を見た。
「今回は、本家をちゃんと視る為に三界の眼を開いたから、床下に居るのが視えたの」
「いや…………その……………………」
声が震えるのが自分でもよくわかった。動悸が激しくなり、湯呑みを持つ手に力が入る。
オレはひとつ深呼吸して、聞いた。
「いや…………あの……その、三界の眼ってのは、しっ知らない奴の事まで分かるのか? 写真とかなくて……その……おっオレの……」
「個人の識別まではできないよ。生きてるかどうかと、人と魔物の区別がつくだけだもん。あの人を『ゆうちゃんのお母さんだ』って言ったのは、経済だよ」
「は?」
オレはツネちゃんを見た。
ヘタレ眼鏡は、蜜柑に伸ばした手を引っ込めて言った。
「子供の頃、階段で『ゆうちゃん』って呼んだり『ここから出して』って泣いてる女の人の声を何回も聞いたんだ。
母さんに言ったら『そんな声聞こえない! 気持ち悪い事言うんじゃないの!』って殴られたから、生きてない人の声なのかなって思って。
で、今回、宗教が『床下に人が埋まってる』って言うから、総合的に判断して、晴海(はるみ)叔母さんなのかもって……」
ツネちゃんの歯切れの悪い説明に分家の嫁が暗い顔で相槌を打つ。
「こう言っちゃ悪いんだけど、私もずっとあの家、気持ち悪いと思ってたのよ。何回か手伝いに行った時に経済(つねずみ)君と同じ場所で……同じ声……聞いてるし……ゆうちゃんのお母さんが行方不明で……あの場所であんな声……って事は、つまり……そういう事なんだろうな……とは思ってたんだけど……証拠も何もないから……誰にも言えなくて……」
「母ちゃん、それで俺らに本家に行くなって言ってたの?」
紅治(こうじ)が目を丸くして、分家の嫁を見た。
ツネちゃんと分家の嫁が同時に頷く。
「晴海叔母さんだったとしたらさ、もう時効だし、誰が何やってたとしても罪には問えないんだけど、ゆうちゃん、これからどうする?」
何故か、マー君がオレに振ってきた。
「いや……だっ……誰が、何をしたって……?」
「鈍いなー。当時同居してた家族の誰かが、叔母さんを殺して埋めたんだろ。多分。で、それを知った上で、ゆうちゃんは、これから何処でどうやって生きてくつもり?」
マー君が明白(あからさま)にオレを見下した顔で言い放った。
内容が衝撃的過ぎて思考がフリーズする。
頭が理解を拒み、口を固く閉ざしたオレに、マー君が更に言い募る。
「ゆうちゃんは、これからも人殺しと同居できるの?」