■汚屋敷の跡取り-40.魔窟(2015年03月21日UP)

 魔窟を……メイドさんの前で魔窟を御開帳する訳にはいかない。かと言って、二人きりになれるチャンスをみすみす手放す事もできない。
 オレは考えた。
 押入れはドアの蝶番部分の方向にある。ドアを全開にしなければ、死角になってメイドさんからは見えない筈だ。
 まず、ドアを半開きに固定。それから、幼稚園で作った工作とか、当たり障りのない物から捨てる。ヤバい物は夜中にやろう。
 オレはドアの陰にキャラ椅子を置き、半開きにした。
 メイドさんは怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。
 「押入れ」という名の魔窟と対峙する時が来た。
 十数年の時を経て、封印を解放する。
 いきなり、アレな感じのフィギュアが出てきた。
 思わず襖を閉め、振り返る。
 ドアの陰になってメイドさんの姿は見えない。大丈夫。だったらメイドさんからも、オレは見えない。
 改めて襖を開ける。
 昔のフィギュアは、現在とは比較にならないくらい酷い出来だった。パッケージのイラストとフィギュアの顔が全然違う。何か怖い。
 アニメ絵を三次元化する技術も塗装技術も未熟だったからだ。髪も「残念な形の樹脂の塊」としか言いようがない。
 それでも、当時はヒロインが立体化された事に大興奮で、雑誌のページをめくる手が感動で震えた。配達が待ち遠しかった。実物を手にした夜は、嬉しくて眠れなかったっけ。
 でも、これはもう、原型師にとって黒歴史なんだろうな……

 大学受験の後、昼夜逆転した生活を送るようになった。
 それまで無趣味だったオレは、深夜アニメにハマり、CMでアニメ雑誌の存在を知った。
 明け方に自転車で家を出て、現在ババアが入院中の病院の近くの本屋に行って、昼過ぎに戻った。
 普通は車で行くような距離を自転車で往復して、帰ってすぐに夢中でむさぼり読んだ。
 あの頃は、体力あったんだなぁ……
 手前のフィギュアを全部出さないと奥の物が出せない。
 オレは合掌し、一礼してからアニメ誌の通販で買ったフィギュアをゴミ袋に入れた。
 現在は造形クオリティが格段に上がっている。
 なのに、もうあの時のときめきも興奮もない。
 惰性で密林の購入ボタンをポチるだけだった。
 支払いは、ジジイとオヤジ名義のクレカだから、何を幾つ買って幾ら使ったのかも、把握していない。
 「いや、あの……昔の趣味の物を処分してて……えーっと……いや、君の趣味って何?」
 「私の趣味……ですか?」
 あ……しまった! 奴隷身分じゃそんな自由ないのか。悪い事聞いちゃったな。
 「強いて言うなら、ぬいぐるみ遊びですね」
 「いや……えっ? ぬいぐるみ?」
 「はい。ご主人様から賜ったネズミは、私の宝物です」
 ネズミ……あのテーマパークの黒いヤツか。いや、黄色くて痺れるヤツか? どっちも可愛くて女の子に人気だしな。
 もしかすると、ムルティフローラの伝承キャラの可能性も……?
 「いや……ネズミ……ど、どんな?」
 「掴み所がなくて、にゅるにゅる手の中から逃げるんです。それを追いかけていると時が経つのも忘れて、つい夢中になってしまいます」
 ……ムルティフローラの伝統工芸か。
 にゅるにゅるって何だよ。
 「いや、それ、ムルティフローラで流行ってるの? あっちの国の趣味ってどんなの?」
 「いいえ。こちらのネット通販で買って下さいました。あちらでは、実用的な趣味が主流です」
 ゴミ袋が満タンになった。古いフィギュアは、まだまだある。ひとまず袋の口をくくってドアの陰に置いた。
 「いや、実用的なって、どんな?」
 「例えば、園芸や手工芸等ですね。農家の方や職人さん以外の方がなさるのは、趣味と実益を兼ねての事だと思います」
 ガーデニングやハンドクラフトか。アニメやゲーム……娯楽自体がなさそうだしな。
 途中で作るのをやめたプラモが出てきた。
 ごちゃごちゃしたパーツが、ビニール袋に入っている。パーツの多さにうんざりして、取敢えず袋に入れて、そのまま放置。その内……いつか完成させようと思って、今の今まで忘れていた。
 勉強ならできるけど、こう言うモノづくり系は、授業以外で完成させた事がない。
 もうどうでもよくなったので、ゴミ袋に入れる。
 フィギュアも、自分で作るガレージキットではなく、塗装済の完成品しか買っていない。
 オレの趣味は、ガーデニングやハンクラみたいな生産系ではなく、アニメ観たり、本読んだり、ゲームしたり、コレクションしたりと言った消費系だった。
 日之本帝国ならそう言う消費系の趣味も社会的に受容されている。
 履歴書に「趣味:映画鑑賞、読書」と書ける。
 ヲタ系趣味は、その筋の業界以外じゃ地雷だけど、一応、個人的な「趣味」としてはアリだ。企業もメディアも消費を煽って、趣味に金を使わせようと躍起になっている。
 科学の国で、大量生産大量消費だからこそ、成り立つ趣味だ。
 魔法の国ではそんなの無理っぽいし、そもそも消費系の趣味ってどう見られるんだ?

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