■汚屋敷の跡取り-05.初めまして(2015年03月21日UP)

 ……用があるならテメーで来るのが筋ってもんだろうが。
 何で、この辺で一番の土地持ちの豪農・山端家の本家の跡取りであるこのオレが、ホイホイ出て行ってやんなきゃなんねーんだよ! 馬鹿にしやがって。
 あ、でも、オレが行かないとメイドさんが、そいつに折檻されるのか。行ってあげなくちゃな。解雇せずに減給して、ねちねち嫌味言われたり、お仕置きと称してあーんな事やこーんな事されたり……
 ダメだ! メイドさんはオレが守ってあげないと、とんでもない事になる!
 寝落ちしてしまったせいか、足がむくんでふくらはぎがパンパンになっている。
 オレは思うように動かない足を精神力で動かし、何とか一階の廊下に降り立った。
 寒風に煽られ、歯がガチガチと鳴る。
 上腕を撫でさすり、足踏みしながら風上に目を遣った。
 玄関の硝子戸がない。
 鉄格子に磨り硝子をはめ、ネジ式の鍵で戸締りする日之本家屋特有の、あの硝子戸がなくなっていた。
 それだけではない。
 天井まである巨大な靴箱も、上に置物や水槽や枯れた盆栽が載った小型の靴箱も、靴箱から溢れて三和土(たたき)に山積みになった履物類も、古新聞の山も、中身の詰まった段ボールの山も、公民館並サイズの傘立ても、そこから溢れた大量の傘も、合羽も軍手もゴム手袋も、朽ち果てたお裾分けの農産物も、何もかもが、なくなっていた。
 だだっ広い玄関の壁と天井が、外の光を反射して輝いている。
 また、外の風が吹きこんできた。
 冷たい風に震えあがり、オレはトイレに駆け込んだ。
 出す物を出して人心地付いたオレは、昨夜の衝撃を思い出した。
 メイドさんが掃除したんだろうな。
 流石にプロの仕事は違う。うちの耄碌ババアや、金目当ての後妻にできなかった事を完璧にこなしてる。
 流石、メイドさんだ。
 なんちゃって萌えメイドじゃない、本物のメイドさんだ。
 豪農の跡取りに仕えるに相応しい、有能な侍女だ。
 オレと彼女を引き合わせるのが、ご主人様とやらの用件だな。まず、メイドさんの有能さをオレにチェックしてもらって、それから「彼女でよろしいですか?」って確認する……紹介予定派遣みてーなもんだろ。
 後妻の美波は出戻ってるし、ババアはいつくたばってもおかしくない。
 山端の本家に見合う「躾の行き届いた同格の家の女」なんて、今時なかなか居ないから、オレの嫁も未だに現れない。
 メイドさんを雇うのは、当然の措置だ。働きによっては、彼女を本家の跡取りであるオレの嫁にしてやってもいい。
 玄関には、明らかにババアの物とわかる古ぼけたつっかけしかなかった。
 他に何もない為、仕方なく、きちんと揃えられた女物のつっかけに足をねじ込み、外に出た。
 向かいの畑には、分厚く雪が積もって見渡す限り真っ白だったが、うちの庭には一片の雪もなく、地面は乾いていた。
 おいおい、雪かき頑張りすぎだろwww
 農道と敷地の境界付近に、古ぼけた軽トラと、新車らしいワンボックスが駐車している。
 左手に視線を巡らせる。
 農機具などを収納した倉庫の前にブルーシートが敷いてあった。その上に箪笥や服等の家財道具が広げられている。
 箪笥の陰から、四人の男女が一斉に立ち上がった。
 ……何だコイツら? つーか、他人ん家の庭で何してやがんだ?
 思わず身構える。
 全員が白い花粉症用のマスクを着け、手にはピンクのゴム手袋をはめていた。顔立ちも表情もわからない。
 銀縁眼鏡を掛けた茶髪の男が、マスクを外してオレに笑顔を向けてきた。
 紺色のジャンパーにジーンズ。オレより背は高いが、細身。コイツならワンパンで眼鏡を叩き割って楽勝だ。
 ブランクはあっても農作業で鍛えたオレが、モヤシ野郎に負ける訳がない。
 「そんな不審者を見るような顔をしないでくれる? 経済(つねずみ)だけど、忘れた?」
 そう言われて、この外人っぽい整った顔立ちに、どことなく見覚えがあるような気がしてきた。朧げな記憶を必死で手繰り寄せる。
 ツネズミ……? あぁ、瑞穂(みずほ)伯母さんとこの次男か。
 「ツネちゃん、オバケ怖いから、もう本家には来ないんじゃなかったのか?」
 こいつは筋金入りのビビリで、うちに来る度に「オバケが居るから帰る」と泣き喚いては、瑞穂伯母さんのビンタで黙らされていた。
 瑞穂伯母さんはオヤジの姉だ。
 女なのが勿体ないくらい優秀な人で、帝都の一流企業に就職して、同じ会社の外人の血が混じってる男と結婚した。そして、オレが小六の時に交通事故で亡くなった。
 瑞穂伯母さんが亡くなってから、ツネちゃんは一度も本家に来ていない。
 「今年は、ちょっと事情があって来て、今はオバケを何とかする手伝いをしてるんだ」
 「は?」
 ちょっと言ってる意味がわかんないでちゅねー。
 確かコイツはオレより四つ年下……今年三十三か三十四歳の筈だ。流石にその年にもなって「オバケが怖いから親戚付き合いしません」ってのは世間が許さない。
 そうか……つまり、ツネちゃんは、オバケを怖がっていたお子ちゃまな自分ときちんと向き合おうってんだな。
 感心、感心。暫く見ない間にすっかり大人になったんだなぁ。
 「俺の事はわかるかな?」
 ビニールシートから降りてマスクを外しながら、もう一人の男が言った。
 二十代前半くらい。ダウンジャケットを着ている。下はジャージ。黒髪で中肉中背。イケメンではないが清潔感はある。中の下レベルのフツメン。
 ツネちゃんみたいなインパクトのある外見ならともかく、こんな特徴のないフツメン、いちいち覚えてられるかっての。
 洒農の配達員か? 密林の配達ではお世話になってまーす……?
 「従弟はわかるのに、自分の弟がわかんねーとか、何なんだよ、アンタ」
 男は不快そうに吐き捨てた。
 ……なんだ、賢治か。
 「えっ? マジ? ホントに誰かわかんないの?」
 「じゃあ、私ら、もっとわかんないよね?」
 女の子達のびっくりした声が続く。
 二人とも高校生くらいで胸はそれなり、顔は中の上。
 片方は色白で黒髪ショート、もう一方はやや日焼けした黒髪ロング。二人揃ってウィンドブレーカーにジャージと言う色気のない軽装だ。
 「あ、でも、私はホントに初めましてだから、ちゃんとご挨拶しとこっと。私、ゆうちゃん達の従妹、分家の長女の山端藍(やまばたあい)。大学一年生です」
 黒髪ロングはそう自己紹介して、ぺこりとお辞儀をした。
 女の癖に大学行くとか生意気な。法律上、従兄妹同士の結婚は可能だが、こんな可愛げのない女は却下だ。
 それに倣ってショートの娘も自己紹介する。
 「ずっと同じ家に住んでるのに『初めまして』って言うのは、絶対、おかしいと思うんだけど……一応、ね。ゆうちゃん、私は妹の真穂、高三です。……声だけは、知ってるよね?」
 「い、いや、つーか、今年は離れ小島に行かなかったのかよ?」
 「俺らは大掃除するから残った。今年はジジイとオヤジだけで行ってる」
 賢治が不機嫌に答える。
 「え? 同居の弟妹とホントに初対面なのか? ゆうちゃん、一体、何年ひきこもってたの? ケンちゃんって今、大学四年生だぞ?」
 ツネちゃんが、呆れたように言った。
 訛のない明瞭なテノール声が、的確に痛い所を突いてくる。
 それに、賢治も大学生って何なんだよ? 本家長男のこのオレを差し置いて、後妻が生んだ次男や分家娘の分際で大学行くとか、何、勝手こいてんだよ。
 世間様を舐めてんのか。長幼の順序ってもんがあるんだよ。
 そもそも、よくジジイとオヤジが許したな?
 思わずキレそうになったが、メイドさんの事を思い出し何とか耐えた。良いご主人様は、無闇にメイドさんを怖がらせてはいけない。
 後で賢治を〆て、ツネちゃんは蔵にでも閉じ込めて反省させよう。
 蔵の方を振り返った。
 家の右手に白壁の土蔵がある。その前には、はち切れそうな程中身の詰まった黒いゴミ袋が積み上がり、ゴミ捨て場のようになっていた。
 ゴミ山の傍らに、メイドさんと外人の男女が立っている。
 金髪碧眼ですらりとした長身の白人女。
 冷たい印象の整った顔立ちで、十人中十人が美人だと言うだろう。年は二十代後半くらいか。ギリギリアウト。圏外だ。あーでも、嫁はダメだが、セフレならアリかもな。
 左右の襟にワッペンが付いたトレンチコートを着ていてよくわからんが、スタイルはいいようだ。
 コートの右襟のワッペンは、鳥の羽二枚が円を描くデザイン。
 左襟は、白い花の絵が付いた赤い盾と、盾の後ろで剣と魔女の杖みたいなのが交叉した厨二病的デザイン。
 コートの裾からはスラックスが覗き、軍靴のように無骨なブーツを履いている。
 金髪美女の隣には、黒髪の大男。
 肌の色や青っぽい瞳、彫りの深い顔立ちを見る限り、コイツも外人なんだろう。二十代か、三十代か、四十代か……顔が厳ついせいで年は読めない。
 金髪美女とほぼ同じ服装だが、こちらは右襟のワッペンが三本の枝を「小」の字を上下反転で配置した図柄。左は美女と同じ。
 身長が二メートル近くあり、コート越しにもわかる鍛え抜かれた肉体だ。コイツには正攻法では、ちょっと勝てそうにない。
 大男の斜め後ろにツネちゃんと同じ顔の男。
 手には身長より高い杖を持っている。黒山羊の頭部を模したやたらリアルでキモい装飾が施され、全体が黒い。
 カシミアか何か高そうなコートの袖から見える手首は病的に細い。こいつの腕を力いっぱい握ったら、ババアでも簡単にヘシ折れるだろう。
 ツネちゃんの兄のマー君だと思うが、暫く見ない間に随分、印象が変わってしまった。
 オレの知っているマー君は、風邪ひとつ引かない健康体で、腕っぷしも強くて、都会っ子とは思えないくらい、元気いっぱいの悪ガキだった。
 ツネちゃんから眼鏡を取った顔のこいつは、日焼けした事がなさそうな白い肌だ。しかも超ロン毛。こっちを向いた時、腰まで届く三つ編みが、背中で揺れるのが見えた。
 メイドさんは、推定マー君の隣でオレを見ている。
 誰がご主人様なんだろう。
 「ゆうちゃん、あれ、宗教(むねのり)。三つ子の三男だよ」
 いつの間にか隣に立っていたツネちゃんが説明した。
 「いや、えっ? あれっ? ムネノリ君って、死んだんじゃ……?」
 「本人の目の前で勝手に殺してやるなよ。縁起でもない」
 「いや、でも、瑞穂伯母さんは『子供はこの二人だけ』って言ってたし……」
 「母さんは、心臓とか内臓に色々障碍があるからって、宗教を要らない子扱いしてたんだよ。巴のお祖父さんが住み込みの看護師さん雇ってくれて、何とかなってるけど……」
 ツネちゃんは忌々しそうに言った。
 じゃあ、金髪美女が看護師で、大男が介護士か。
 左のワッペンは、病院のマークだな。
 巴家の爺さんが孫可愛さに人を雇うのも無理ないが、瑞穂伯母さんも可哀想だ。
 不妊治療で受精卵二個しか使ってないのに、その内一個が一卵性双生児になったせいで、予定外の三つ子化。母体の負担もハンパなくって、結構、入院してたらしい。
 生まれてみれば、一人は他の二人よりも低体重で内臓に重度障碍。
 ただでさえ、双子の育児って大変らしいのに。
 オレみたいに優秀な子なら、予定外に殖えてもお得だろうけど、ムネノリ君みたいな、大人になっても穀潰しにしかなれない文字通りの意味で余分な子、要らないだろう。
 一昔前なら、産婆に捻られて口減らしされてるところだ。
 世の中、キレイ事だけじゃやっていけないんだよ。伯母さんが自分の実家で、法外な医療費が掛かる余分な子の愚痴くらい、言ってもいいだろ。
 「えっと……あの……初めまして。宗教です」
 オレは思わず周囲を見回した。女子小学生の姿は見当たらない。
 ゴミ山の陰に居て見えないのか? ロリ声の姿を確かめる為、ゴミの向こうに回り込もうと、外人達に近付いた。

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