■汚屋敷の跡取り-32.雪の道(2015年03月21日UP)

 雪は既に膝付近まで積もっていた。
 さっき置いたゴミ袋は見えない。
 それでもオレはフードを被り、ゴミ袋を手に庭へと足を踏み出した。
 いくらオレの家が広いと言っても、遭難する程ではない。大丈夫。ここはオレの家の庭で蔵はすぐそこだ。オレは両手にゴミ袋を持ち、十九年ぶりに新雪を漕いだ。
 吹雪で、玄関灯の光もよく見えない。
 オレの足下で、オレが歩いた通りに道ができた。
 吐く息が風にもぎ取られて闇に消える。
 さっきの記憶を頼りに、およその見当を点けた場所にゴミ袋を置いた。
 道を戻り玄関に走った……つもりだったが、雪に足を捕られ、思うように進めない。
 三和土にも雪が降り込んでいた。
 両手にゴミ袋を持ち、今、作った道が雪に埋もれない内にまた進む。
 さっき置いたゴミに躓いて新雪の上にダイブしてしまった。
 すぐ起き上がり、手から離れたゴミ袋はそのままそこに捨て、玄関に引き返す。
 オレは重い荷物を持って、道に積もった新雪を踏み固めて進み、帰りは手ぶらで雪を蹴散らし、ゴミを捨て続けた。
 闇から降ってくる雪が、後から後からオレの道に降り積もる。
 吹雪の勢いは変わらなかったが、オレが作った道は、通る度に歩きやすくなった。
 何往復したか、わからない。
 オレはただ、ゴミを運ぶ事に集中した。
 メイドさんの事も忘れ、ただひたすら、自分の足跡を頼りに、新雪に作った道を歩き続ける。
 耳は千切れそうに痛く、寒い筈だったが、体の内側は火照り、苦にならなかった。

 最後の箱を捨て終え、雪が降り積もった玄関を強引に閉める。
 風がピタリと防がれ、吹雪の唸りが遠くなった。
 ゴム手袋を外し、震える手で靴紐を解く。
 大きく吐いた息が白く凝った。
 玄関灯を消し、風呂場に向かう。濡れた服を苦労して脱ぎ、パンツ以外は洗濯機に放り込む。温度設定をやや高めにして、十九年振りに風呂場に入った。
 冷たい床にシャワーを流し、足下から順にお湯を浴びる。
 シャワーは痛い程に熱かったが、冷え切った体が赤みを取り戻すにつれ、この温度では物足りなくなってきた。
 面倒なので、ややぬるく感じるお湯のまま、初めて見る種類のシャンプーで、短くなった髪を洗い、新しい石鹸で体を洗う。
 湯船に湯が貯まるのを待っていられないくらい、ヘトヘトだった。
 シャワーだけで済ませて、ふかふかのバスタオルで体を拭く。
 ふわふわもふもふの肌触りに、疲れた体が癒された。
 一日中履いていたパンツをまた履くのは汚い気がしたが、ない物は仕方がない。
 諦めて服を着た。パジャマは見つからなかったので、ジャージ上下と靴下だ。
 自室に戻り、期待半分、諦め半分でタンスの引き出しを開ける。

 絶望した。

 どの段も虫の巣だった。
 生きた幼虫が犇めき、茶色く変色した蛹の殻や糞が、土のように引き出しの底を覆い尽くしている。
 僅かに残った衣服はボロボロに食い荒らされ、元が何だったのかすら、わからない。土に還っていると言っても過言ではない。
 エコ……? 
 とにかく、タンスの中身は完全に終わっていた。
 引き出しと引き出しの間を、ガムテープで隙間なくびっちり密閉した。
 ディスプレイを見た。
 12月29日02時19分。
 画像と動画の削除が終了している事を確認し、シャットダウンする。OSの終了音を聞きながら雨戸と窓を閉め、蛍光灯を消して、ふかふかのベッドに潜り込んだ。

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