■汚屋敷の跡取り-15.開かずの窓(2015年03月21日UP)
メイドさんは黙々と服の仕分けをしていた。
パンパンにふくらんだ虫の餌服が二袋。三つ目の袋も多分そうだ。
「洗濯物」の袋は廊下の床に力なく横たわっている。靴下の穴も、実は爪で破れたのではなく、虫に食い破られたせいだったのかもしれない。
「メ……いや、えー……手袋……ご……ゴム手袋って、ない? さっき、藍がしてたみたいな……」
「予備のゴム手袋ですか? サイズは何でしょう?」
メイドさんは仕分けの手を止め、オレを見上げて質問を返して来た。
上目遣い……可愛いイイぃぃい!
「い、いや、おっ思ったより、てっ手が汚れて、さ、えー……や、いや、さ、サイズ? サイズ……あー、わかんないから、テキトーで」
「では、少々お待ち下さい」
メイドさんは、虫の餌が入ったゴミ袋をひとつ抱えて外に出て行った。
オレはすかさず、メイドさんが座っていた所に足を移した。
木の床に残ったメイドさんのぬくもりが、足の裏にじんわりと伝わってくる。そこから、ドアの隙間を覗き込んでみた。
よし! 大丈夫。決定的な所は見えてない。
本棚とタンスに遮られ、パソコンデスクと学習机の周辺は、ほぼ見えない。
廊下に背面を向けた本棚の中身は、フィギュアとDVDとゲームソフトとお気に入りの薄い本。パソコンデスクと学習机の上や、付属の棚の中身もほぼ同様。ゲーム機本体やケーブル等をまとめて突っ込んである。デスクの上にはおっぱいマウスパッド。
前の壁面にはアレな感じのポスターも貼ってある。
こんなん、絶対、ピュアなメイドさんには見せられん。
……あ、ガムテも頼んどきゃよかった。
すぐに戻ってきたメイドさんの顔を見た瞬間、ガムテープの件を思い出した。
また、忘れない内に言っとかないと。
「いや、あの、さ、つっついででいいんだけど、ガブ……じゃなくって、いや、ガムテープ欲しいんだ。いや、また、下に行く時でいいんだけど、いや、もう、後で、今はなくってよくって、あの……」
「ガムテープですね。かしこまりました。後程お持ちします」
オレはメイドさんからピンク色のゴム手袋を受け取り、はめてみた。ちょっと指先が余ったが問題なく使えそうだ。自室に戻り、作業を再開する。
「優一さん、窓を開けずにお掃除なさってるんですね。開けないんですか?」
「は? いや、それは違うだろ? だって、開けたら寒いし」
「閉め切ったままですと、換気ができませんし、埃っぽくなりますよ」
「いや〜、それは違うだろ〜? 別に今まで平気だったし」
「そうですか? 普通、お掃除をする時は、窓を開けるのですが……」
だったら先に言っとけよ。まぁ、そう言うちょっとドジっ子な所も可愛いけどな。
オレは、窓に近付こうとして、固まった。
窓の前には、学習机と棚が置いてあった。
棚の上には、中に入りきらなかったエロゲの箱が、天井まで平積みになっている。窓の桟にはフィギュアがびっしり。箱のまま飾ってる奴の上に、箱から出した奴も載せてある。
その数、数十体。雨戸も十年以上、開けていない。
「いや、やっぱ、いいや。今まで窓開けなくても平気だったし、いや、今日、寒いから、その……開けたら風邪引くし……」
「そうですか。……ゴミを捨てて参ります」
メイドさんは、三つ目の服袋の口をくくり、両手に一袋ずつ持って階段を下りて行った。
手袋をはめた手は、ゴワゴワして少し動かしにくくなった。
だが、Gを素手で掴むリスクを考えると、そんな事は言っていられない。
とにかく、ほぼ虫の餌状態の汚洋服(おようふく)をひたすらゴミ袋に詰めて詰めて詰めまくった。
「優一さん、これをどうぞ」
「いや、え? お……おう」
戻ってきたメイドさんに、ゴミ袋とマスクとガムテープを一度に渡された。
ガムテープ側面の粘着部分に埃がびっしり付着している。家のどこかから発掘してきた物なのだろう。
オレは、ガムテープをドア横の段ボール箱の上に置き、マスクを装着した。
オレが服を袋詰めにし、メイドさんが部屋から出しつつ、虫食いチェック。
延々とその作業を繰り返し、45L黒ゴミ袋十三杯分の廃棄と、三杯分の洗濯物を出して、ようやくベッドの上の衣類がなくなった。
幸い、服の中から二匹目のGが出てくる事はなかった。
布団の上には、虫の死骸と思しき「白くて小さい何か」が無数に散らばっているが、見なかった事にする。
枕元にも文庫本や薄い本が積んであるが、菓子袋等に埋もれてメイドさんの位置からは見えない筈だ。