■汚屋敷の跡取り-14.衣類(2015年03月21日UP)

 オレは床部分に散乱する衣類をベッドの上に投げた。ウン筋付きブリーフ発見。これはゴミ袋の上に投げる。
 あっと言う間にベッドの上を服が埋め尽くす。辛うじてスペースがあった枕元にも山が出来上がった。ここ数年、全く洗濯していない汚洋服の山だ。
 体を動かしたせいか、額に汗が滲んできた。さっき着たセーターを脱ぐ。
 解放感。
 手の中には、毛玉だらけの安物のセーター。虫食いの穴まである。
 オレ、さっきこんな汚い恰好で駐在所に行こうとしてたのか……
 愕然として、セーターをゴミ袋の上に投げた。
 どんどん服をベッドの上に投げ、床の堆積物の嵩は大幅に減った。
 オレの寝場所はなくなったがな! 
 だが、これで大分、薄い本の発掘作業はやりやすくなった。
 後、さっき、ぶっかけ済みで黴が生えまくったフィギュアも発見した。
 尿ペットよりも使用済みフィギュアの廃棄処分が先だ。
 薄い本、フィギュア、尿ペット、その他。……この順番だ。
 密林の段ボールは豊富にあった。
 数年前にドアが全開にできなくなるまでは、箱ごと室内に入れていたからだ。ここ暫くは、ドアの隙間を通れないような大型フィギュアは買っていない。
 そう言えば、二十歳頃まではババアが部屋掃除してたから、フィギュアも薄い本もベッドの下や押入れの奥に仕舞ってたんだっけ。つーか、今も仕舞いっぱなしだ。大掃除っつー事は、そこにも手を付けるって事だよな……
 作業量の多さに気が遠くなった。が、その分メイドさんと過ごす時間が長くなる事を思い出し、気を取り直した。
 八個目の薄い本入り段ボールを積み上げる頃、メイドさんが戻ってきてくれた。
 「お待たせしました。優一さん、お食事、本当に要らないんですか? 真知子さんが心配なさっていらっしゃいましたよ」
 分家の嫁がいちいち口挟むなよ。
 実際、不思議と腹は減ってねーし。
 「いや、大丈夫だよ。毎日二食だから」
 「そうなんですか。では、お掃除の続きを頑張りましょう。はい」
 にっこり微笑んで黒ゴミ袋を手渡してくれた。
 よし、これで勝てる!
 その前に、アドバイスに従っていない事を誤魔化そう。
 「いや、なんか、思ったよりゴミ多くって、いや、ドア、開けられなくって、その……」
 「そうなんですか。では、ドアの隙間からお洗濯物を出して下さい」
 「は?」
 「先程、足下に服が落ちているのが見えました。洗濯物の分、嵩が減ればドアを開けられるようになるかと存じます」
 「いや、そっそれ、もう、やってるんだ。いっいや、服だけベッドに積んで、いやその、あの、それでもドア……いや、ハハハッ……」
 「お洗濯物、分けてあるんですか。では、すぐに出せますね」
 「いや……お……おう」
 何故か、洗濯物を出す羽目になってしまった。
 恥ずかしいシミが付いたパンツとか見られちまうのか。ムネノリ君の侍女だからそんなブツ、見た事ないだろうに……いや、何も馬鹿正直に全部出さなくても、パンツ除外で、その他大勢だけ渡しゃいいんだ。
 汚パンツは全捨ての方向性で。よし。これで行こう。
 「たくさんあるのでしたら、一旦ゴミ袋に入れて、袋の口はくくらずにお渡し下さい」
 「いや、お? おう」
 ゴミ袋と聞いて一瞬、全部捨てられるのかと思ったが、そうではないらしい。
 追加のゴミ袋を受け取り、衣類を袋詰めした。※但し汚パンツは除く。
 言われた通り、袋の口をくくらずにドアの前に置く。45Lゴミ袋満タンの衣類はクソ重かったが、底に手を添える事で袋が裂けるのを避けた。
 また新しいゴミ袋を受け取り、ベッド脇に戻るオレ。ゴミ袋ってのは単純な運搬にも使えるのかー。へェーへェーへェー。
 「優一さん、虫食いの穴が開いた服はどうなさいますか?」
 「は? いや、え? 虫……?」
 メイドさんの手には腹の部分に一円玉サイズの穴が開いたダサいTシャツがあった。ババアが去年、ショッピングセンターで買ってきた安物だ。首の部分も伸びきっている。
 「いや、いらない。処分しといて」
 「かしこまりました。では、他の物もそうさせて戴きますね」
 「いや、あー、いいよいいよ。そうしといて」
 服の袋詰め作業に戻る。
 汚パンツはさっき貰ったゴミ用ゴミ袋へ、それ以外は今貰った服用ゴミ袋へ。どっちも同じ黒ゴミ袋だが、記憶力のいいオレは間違える事なく、バンバン入れた。
 第二の服袋をメイドさんが待つドアの前に置く。
 「穴が開いていない服は三着だけでしたが、他は全て処分しても宜しいですね」
 「は? いや……えぇっ?」
 「虫に齧られていない服は、三枚しかありませんでした」
 「は? いや、えー……虫、居るの? この部屋に?」
 足下から背筋まで、ぞわぞわと鳥肌が立った。
 「はい。衣蛾(いが)やヒメマルカツオブシムシ等、衣類を食害する虫がいるようですね」
 何それ怖い。
 「如何なさいますか? 先程の服、本当に全て焼却して構いませんか?」
 「いや、いやいや、いらない! 捨てて、それ全部捨ててくれ!」
 「かしこまりました」
 メイドさんの背後には、パンパンに膨らんだゴミ袋があった。
 あれ全部、虫の餌食になった服か……じゃあ、ベッドの上のも? つか、ベッドに載せた時点で虫もベッドに移動してねぇか? マジ、今夜寝る場所ないの、オレ?
 絶望で膝から力が抜けそうになったが、メイドさんから新しいゴミ袋を受け取った瞬間、活路が見えた。
 さっさと服を部屋の外に出して、布団をはたけば何とかなるだろう。いざとなったら、あの女騎士に布団を丸洗いさせよう。
 なるべく虫服を直視しないように、但し、汚パンツを混入させないように、難易度が上がった袋詰め作業に取り掛かる。
 悲劇は、三枚目の袋が満タンになる直前に起こった。
 トレーナーらしきものを掴んだ右手に違和感。
 カサカサと乾いているが、明らかに紙屑やシュリンクではない。有機的な何かの触感。
 恐る恐る右手に視線を向けた。
 袖と一緒に干からびた五センチ級のゴキブリを鷲掴みにしていた。
 「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!」
 「優一さん、大丈夫ですか?」
 「いや、はうッ……あっああ……だッ大丈夫だ。問題ない」
 メイドさんの声で平静を取り戻したオレは、右手のブツを冷静にゴミ用ゴミ袋に投げ込み、服袋をドアの前に移動させた。
 「いや、ちょっと、トイレ行ってくる」
 「ごゆっくり」
 ドアの隙間を抜け、廊下に出た。
 階段の物がなくなり、ピカピカに磨き込まれていた。
 ……メイドさん、オレに声を掛ける前に階段掃除もしてくれてたのか。すげー。
 物を回避する余分な動作なしで、まっすぐに階段を降り、オレは洗面所に直行した。
 ぬるま湯を出し、石鹸を激しく泡立てて手を洗う。
 泡は瞬時に灰色に染まってしぼみ、石鹸も灰色の泡で汚れた。
 一度流して洗い直す。まだ動悸が激しい。
 ……まさか、Gまで居たとはな。今まで、知らずにGと同居してたって事なのか、偶々迷い込んで、オレの部屋で力尽きた奴なのか……服の状態から察するに、Gもずっと住んでたと考える方が自然だな。
 それに、ちょっと掃除しただけでこんなに手が汚れるんだ。部屋の汚れも相当だろ。
 今朝の賢治達の言葉と、騎士達の態度が脳裏に蘇ってきた。
 あいつら、オレを汚いもんでも見るような目で見てpgrしてやがったけど、ひょっとしてオレ、ホントに汚かったのか……? 
 「ゆうちゃん、どうしたの?」
 藍が玄関先から二階に向かって叫んでいた。オレは今、洗面所だっつーの。
 廊下に顔を出すと藍はホッとしたような声で話し掛けてきた。マスクに隠れて表情はわからない。
 「あ、何だ、降りてたの。凄い声だったけど、大丈夫?」
 「い、いや、べっ別に。何でもない」
 「お掃除、ちゃんとやってる?」
 「は? お前に関係ねーだろ、すっこんでろ」
 「あっそ。くれぐれもクロエさんにあんまり迷惑掛けないようにね」
 「うるせー! ブス!」
 オレは捨て台詞を残し、藍の方を振り返る事なく、チリひとつ落ちていない階段を駆け上がった。

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