■汚屋敷の跡取り-56.身の振り方(2015年03月21日UP)

 「最悪、ヒキニートの飼育が面倒になったら、殺して埋めるかもな?」
 「賢治! いくら何でも言い過ぎだ!」
 「あーハイハイ。でも、ゆうちゃんには、このくらい言わないとわかんないよ?」
 米治(よねじ)叔父さんに窘められても、賢治は全く悪怯れる事無く行った。
 当時……同居……ジジババとオヤジと、オレ……
 米治叔父さんはジジイの従弟の家に養子に出てて、瑞穂(みずほ)伯母さんはお嫁に行ってた。
 いや、でも、第三者がオレの家族に罪を被せる為に床下に埋めた可能性も……?
 「ゆうちゃん、あのね、さっき言ってた雑妖、もうひとつ苗床があるの、知ってる?」
 また、この電波は……今、そんなハナシしてねーだろ。
 いちいち相手にするのが面倒で、無言で睨みつけてやったが、ムネノリ君は全く意に介さない。
 「人の心だよ。昨日、ゆうちゃんが怒ってた時、ゆうちゃんからいっぱい出て来てたよ」
 オレは思わず自分の手を見た。
 「もし、あのままずっと本家が汚れたままだったら、ゆうちゃんも、お家にあった物と同じように、誰の役にも立てないまま、ただそこに存在するだけで、病葉(わくらば)のように朽ちてしまうところだったの。体の外に憑いてる弱いのは丸洗い魔法や、普通のお風呂で取れるけど、心の中から出てくるのは、自分で何とかしなきゃいけないの」
 オレは別に掃除しろとか頼んでねーよ。恩着せがましい。他人ん家の物、勝手に灰にしといて偉そうに。器物損壊罪。犯罪者の分際で何、上から目線で語ってんだ。
 だが、こいつに反論したら、今度こそ騎士共に殺されるので、声には出さない。
 「ゆうちゃんは、お母さんをどうにかしちゃった家族を許せるの? もし、恨みながら一緒に暮らすなら、ゆうちゃんの心は、アレに乗っ取られちゃうよ」
 ゴミ山の化け物がフラッシュバックした。
 真穂が蜜柑を剥きながら言う。
 「私達はもう縁を切って二度と帰ってこないけどね」
 「どうせ二十年くらい農業ノータッチなんだし、事件起こす前に家、出たら?」
 賢治がオレを完全に犯罪者予備軍扱いして言った。
 「優一が、おばあちゃんの介護をしたくないなら、おばあちゃんはウチで引き取る。他所で就職したいなら、気兼ねも心配もせんでいい」
 米治叔父さんが、座卓に身を乗り出して言った。
 三十七歳、職歴なし、学歴高卒、無職、無免許で、どこにどう就職できるんだよ。資格も共通語検定三級しか持ってねえ。
 完全に詰んでる事くらいオレにだってわかる。
 わかってるから、仕方なくヒキニート続けてるんじゃないか。
 女はテキトーに結婚して男に寄生すりゃいいけど、オレ、男だから。オレを養う稼ぎと度量のあるハイスペックな美女なんて居ねーから。
 だが、ババアの介護なんざまっぴらだ。
 「アハハ! 介護はイヤだけど、就職もヤダって顔してる〜」
 藍がオレの顔を見て笑った。
 米治叔父さんはどんな躾してるんだ、全く。
 「時間が経ち過ぎてて身元の照合に数日掛かるし、警察は任意の事情聴取しかできない。誰が犯人かなんて今更わからないだろうけど、それはそれで精神的に良くないと思う」
 ツネちゃんが蜜柑の汁が飛んだ眼鏡を拭きながら言った。
 「僕が魔法で強制すれば、本当の事を言わせる事はできるけど、どうするのが一番いいのかな?」
 ムネノリ君が一同を見まわした。皆チラチラ視線を交わし、最後にオレを見た。
 何だよ、オレに何を言わせたいんだよ。オレに責任を擦り付けよーったって、そうは行かねー。
 オレは逆に無言で全員を睨み返した。
 米治叔父さんが重々しく口を開く。
 「俺は宗教(むねのり)君の魔法の力を借りてでも、あの三人に当時の事を確認した方がいいと思う」
 冷めきった番茶をすすって口を湿らせ、言葉を続ける。
 「何も知らないなら、誰の仕業かはわからんが、少なくとも家族の潔白は証明される。知ってて黙ってたなら、身内の恥だが近所の人達と、晴海さんの実家にも知らせて、晴海さんの名誉を回復せにゃならん。間男と駆け落ちしたふしだらな女扱いのままじゃ、浮かばれないからな」
 オレ以外の全員、中坊二人までもが頷いた。
 「い、いや、ちょっと待て、クロだったら、オレら犯罪者の身内で、村八分だぞ!?」
 オレは慌てて反論した。
 「構わん。本当の事だ」
 「私は今県外の大学に行ってて、就職もあっちでするつもりだから」
 「俺も別に無理して農業継がなくていいって言われてるし」
 「ウチは会社組織にしてあるから、どうしてもダメになったら、田畑は他の社員さんに引き継いで、引っ越して他所に就職するから」
 分家の者が口々に言った。
 「俺たちは、そもそもここに住んでないからなぁ、縁切りやすいぞ」
 「……て言うか、当時三歳児だったし」
 「僕はもうすぐあっち行っちゃうから」
 巴(ともえ)の三つ子は心底どうでもよさそうだった。
 当時生まれてもいなかったマー君の息子は、三つ子の言い分にいちいち頷いている。
 「俺、もう遠くの会社から内定出てて、研修の後、海外勤務って言われてるんだ」
 「私も、昨日言った通りよ」
 異母弟妹も他人以上に冷たい言い草だった。
 騎士二人とメイドさんが変身した黒猫は全く会話に参加していない。他人だから当然だ。
 何だよ。結論出てねーのオレだけかよ。

 ウチらと一緒に働こ☆

 数日前にまとめサイトで見た求人広告の残念な美少女キャラの台詞が脳裏を過ぎった。
 あ、そうか。
 巴家は帝都なんだよな。
 だったら、オレがあいつらの家に住んでやればいいんだよ。
 そしたら、メイドさんと同居できる。
 どの程度の家か知らねーけど、客間くらいはあるだろ。家賃タダだし、多少の不便は大目に見てやるよ。
 さっきムネノリ君は、オレを諦めさせる為にわざと、おっさんとか悪魔に変身させてたけど、オレは騙されない。
 逆に必死過ぎて確信した。
 オレにメイドさんを取られたくないって事をな。
 ムネノリ君がムルティフローラに行くまでがリミットだ。
 寧ろチャンスだろ。メイドさんを口説いて洗脳を解いて、結婚するチャンスだろ。
 マー君の会社にオレを正社員として雇わせてやってもいい。そしたら就職も決まって一石二鳥。完璧じゃないか。
 「いや、オレ、帝都の巴家に引っ越してやって、マー君の会社で働いてやってもいい」
 「は? 何言ってんの? ゆうちゃん、アタマ大丈夫か?」
 マー君が半笑いで言った。
 「優一! それが人に物を頼む態度か!?」
 米治叔父さんが掌で座卓を叩いて立ちあがった。分家の家長に視線が集中する。
 叔父さんがオレを睨みつけ、みんなの視線がオレに移った。
 「ゆうちゃん、あのさ、昨日の説明、聞いてたよね? ウチ、産業ロボットのメーカーなの。工学部の院卒レベルの専門知識がないと正社員は無理なの。経理はオレと、他社での経験も豊富な年配の社員で、二人とも簿記一級持ってるの。事務はベテランのパートさんに来て貰ってるから、ゆうちゃんみたいな未経験者、要らないんだよ」
 「いや、それは違うだろ」
 マー君がうだうだ言い訳しているが、人を増やす余裕がないくらい赤字って事なんだろ。社長だっつって威張り散らしてても、実態はこんなもんだ。
 「何が違うんだよ? それに、ゆうちゃん、掃除も皿洗いもできないじゃないか。ウチに泊まってタダ飯食って散らかし放題って、今度はウチをゴミ屋敷にする気かよ」
 「いや、そんなの、メイドさん居るし……」
 「あれはウチのメイドじゃなくて、宗教の下僕だ。それに自分の部屋は各自掃除するのが巴家のルールだ。宗教(むねのり)も体調がいい時は自分で掃除してる」
 庶民の分際で、王族様に掃除させてんなよ。
 ああ言えばこう言う。マー君の癖に生意気な。
 「まぁでも、ニートが一瞬でも働く気になったのは、よかったよな」
 賢治が失礼極まりないヨカッタ探しをしやがった。
 「優一君、本当に二度とここに戻らないくらい、必死な気持ちで帝都に出て、向こうで就職するのね? 本気で働く気になったのね? 頑張れるのね?」
 分家の嫁が噛んで含めるような口調で聞いてきた。
 「いや……まあ、オヤジ達がクロだったら、の話だ。もし、あれが本当にオ……オレのかっ……母ちゃん……で、あいつらが犯人だったら、オレはこんなクソ田舎捨ててやる。あんな家、継いでやらん。他所で働いて他所者になってやる!」
 何だかもう後には退けない事を口走ってしまった気がする。
 「政治、経済、宗教……叔父さんからのお願いだ。一年……いや、半年でも三カ月でもいい。優一を下宿させてやって、帝都で就職活動させてやってくれないか? 家賃と食費は叔父さんが立替えるから……置いてやって下さい。この通り……」
 米治叔父さんは、上座からマー君達の横に移動して、土下座した。
 オレは呆然と見守る事しかできなかった。
 そこまでしろとか、頼んでねーし。
 「叔父さん、顔をあげて下さい。米治叔父さんは、ゆうちゃんの親じゃなくて、藍ちゃんと紅治くんの親です。二人の学費に専念して下さい。米治叔父さんが犯人でないなら、そんな事しないで。ウチはそんな筋の通らないお金は要りませんし、変な方向の協力はしたくないし、責任も持てません」
 ツネちゃんが淡々と拒否しやがった。
 オレの為に土下座までした叔父さんの顔に泥塗りやがって。何様だよコイツ。
 「あーでも、ゆうちゃん本人と、じいちゃん、ばあちゃん、豊一(とよかず)叔父さんの誰かが、ちゃんと頭下げて金出すって言うんなら、相談には乗るよ」
 マー君がオレの顔を見てニヤニヤしながら言った。
 足下見やがって。
 「あの者は殿下に対して敵意を抱いております。不敬罪の償いも致しておりません。不穏な輩を殿下のお住まいに同居させる事は、承服致しかねます」
 魔女のババアが口を挟んできた。
 他人は黙ってろよ。
 黒猫に変身したメイドさんは、ぬいぐるみ遊びをやめてムネノリ君の顔色を伺っている。
 「就職活動ってどんな事するの?」
 ムネノリ君が明後日な方向の質問をかっ飛ばした。
 あーそうですね。王族サマは就活とは無縁でしょうからね。
 「就職情報誌やサイト、職安とかで情報を探して、よさそうな所があったら応募して、面接受けたりするんだ。サイトや職安、派遣会社に登録して紹介を待つ方法もある。後は、縁故とかだな」
 「ふーん。ずっとお家に居る訳じゃないの?」
 「最近は不景気で、職安の求人検索の順番待ちだけでも、二時間とか掛かるみたいだぞ。面接も場所によっては一日仕事だし。合同説明会とかもあるな。それも半日は拘束される」
 「ふーん。じゃあ、政治達がいいんなら、僕も別に構わないよ」
 「殿下!」
 マー君の説明で、何か納得したらしいムネノリ君に、魔女のババアが異議を唱える。
 「だって、僕も大学とか病院とかで平日は留守だし、ゆうちゃんが一階の客間に泊まって、二階に来ないんならいいかなって……不敬罪とか、ずっとお母さんに、ゆうちゃんと似たような事言われてたし……どうせ僕の事なんて……面倒臭いから、もういいよ……」
 「もし、家賃と食費の支払いが滞ったり、ゆうちゃんが暴言吐いたり部屋汚したりしたら、即、追い出して、自力で戻って来られない場所に捨ててくればいいよな」
 マー君が鬼のような事を言いながら、ツネちゃんに同意を求めた。
 「まあ、まだ何も分かってないし、決まってないし……」
 ツネちゃんは態度を保留した。
 魔女のババアは眉間に皺を寄せて黙っている。
 「少なくとも、白黒付ける事は決まったな。じゃあ、歌道寺(うどうじ)さんに相談して、祭壇のお骨を引き取って貰えるように、頼んで来よう」
 米治叔父さんが話題を変えて座敷を出て行き、親族会議はお開きになった。

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