■汚屋敷の跡取り-12.薄い本(2015年03月21日UP)

 ちょっとイジワルな質問をしてしまった。
 それでもメイドさんは淀みなく答えてくれる。
 「はい。魔法による治療は『元の状態に戻す』ものです。従って、後天的な怪我や病気は、即死でない限り完全に回復できますが、先天的な障碍等は治療の対象外です」
 即死以外完全回復って、回復魔法パネェ。RPGかよ。
 じゃあ、ババアの骨折も医療費なしで一発回復できんじゃね?
 「いや、あの、あれだ、バ……じゃなくって、オレの祖母がって言うか、ムネノリ君の祖母でもあって……えー今、骨折で入院してるんだけど、そ、そう言うのも治せるの?」
 「はい。可能ですが、今ここにいる治癒魔法の使い手は、ご主人様おひとりです。ご主人様は現在修行中で、まだ骨折を癒す術は、修得なさっていらっしゃいません」
 チッ。どこまでも使えねークズだな。無能の癖に偉そうにメイドさんに命令してんなよ。
 ま、いっか。どうせババアは元日に退院してくる。あと五日分の入院費用くらい、豪農の山端家にとっちゃ屁でもねぇ。
 「いや、あ……そっそうなんだ。残念だけど、ムネノリ君に無理なら仕方ないねー。ムネノリ君、何しに来たの? 生まれてこの方、一回もウチに来た事なかったんだけど、何で?」
 何かの食べこぼしのシミに黴が生えたトレーナーをゴミ袋に入れつつ聞いてみる。そろそろ二つ目の袋が一杯になるが、まだドア前の床は見えてこない。
 「ご主人様は、来年の秋にあちらの世界へ行って、二度とこの国に来られなくなります。最期に一度くらいは母方の親戚にもご挨拶をなさりたいとの事で、お体の無理を押していらっしゃいました。今迄いらっしゃらなかったのは、ご幼少の頃は殆ど病院で過ごされていた為、その後は、この辺りに病院がない為、万一ご主人様が体調を崩された場合、お命に関わるからです」
 すらすらと答えるメイドさんの声をBGMにすると、作業がサクサク捗る。内容はともかく、メイドさんの声は耳に心地よかった。
 いっぱいになった二つ目の袋を押入れの前に置き、ドアの隙間から顔を出す。
 メイドさんは、エプロンのポケットから出したゴミ袋を広げて手渡してくれた。
 次は何を聞こう。
 「あ、いや……えー、じゃなくって、あー……君の好きな物は何? 食べ物とか」
 「ちくわです」
 即レス。
 日之本帝国の庶民的な伝統食を気に入ってくれたのか。何たる胸熱。
 「いや、ちくわ……じゃなくって、オレ……オレもちくわ好きだから、今度奢るわ」
 「ありがとうございます。ご主人様のお許しが得られましたら、ご馳走になりますね」
 ご主人様の許可なしでは食事もさせてもらえないとか、どんだけ厳しい奴隷制度だよ。今時ありえねーだろ。
 日之本帝国人のオレと結婚すれば帰化できるから、絶対、奴隷身分から解放してあげなくっちゃ。
 密林の段ボール箱が出てきた。中には空缶とティッシュと紙屑、菓子袋、カップ麺の容器等々ゴミがぎっしり詰まっている。
 面倒なので箱の蓋を閉じ、そのままゴミ袋に突っ込む。
 袋の口を閉じようとしたところで盛大に裂けて、段ボールは足下に落ちた。
 「いやいや、弱過ぎんだろこのゴミ袋。使えねー。もっと丈夫なのないのかよ」
 「探せば出てくるかもしれません。現時点でこの家から発見されたゴミ袋は、条例の変更で使えなくなったこの旧黒袋と、ゴミの種類別になった新しい透明袋です。厚さと強度はいずれも同程度です」
 「あ、いや、メイドさんに言ったんじゃ……違っ、あの、袋、破れちゃって、それで……えっと……」
 理路整然とマジレスするメイドさんに、しどろもどろになるオレ。
 「今回の大掃除では、こちらの黒い袋を使う事になっています」
 「いや、何で?」
 「お庭でまとめて燃やして、残った灰は現行の透明袋に入れて、クリーンセンターに直接搬入するからです」
 あぁ、庭に運ぶ為だけって事か。
 つか、この黒い奴は別な意味でも「使えねー」のか。
 「いや、それで、黒でいいや。もう一枚。段箱入れただけで破れちゃってさー。メーカーも、もっと何とかしろよなーって、ハハッ」
 「本や段ボール箱等、角があって固くて重い物を入れると破れ易いので、後でお渡しする紐で束ねてお出しください」
 オレは、黙々と新たなゴミ袋に段ボール箱の中身を移し替えた。
 密林のボール箱も、所謂「薄い本」も大量にある。
 ページが開かなくなった薄い本は……捨てるしかないのだろう。多分。
 だが、この【全てを覆い隠す漆黒の袋】が使えないとなると……詰む。
 紐で束ねたりなんかしたら、アレな表紙や裏表紙が丸見えになるじゃないか! 
 メイドさんがゴミ捨てに行ってくれるって事は、色々とマズいもんが見えちゃうって事だろ。萌えメイド調教モノとか、絶対、引かれる。
 いや、ゴミ捨て以前に、ドア全開になったら部屋が丸見えになって、肉色表紙の薄い本とか、アレなフィギュアとか抱き枕とかも見えて……あぁあぁぁぁぁぁああ!!
 足下から発掘された薄い本を手に思考する事、コンマ三秒。
 オレは計画を練った。
 夜、みんなが寝静まってる内に、自分で庭に持って行って、既に置いてあるゴミ山に埋める。後は翌日、何も知らないムネノリ君の爆炎魔法で、なかった事になる筈だ。
 ドアが開かないように、敢えてこの辺のゴミは退けない。
 つか、このゴミ袋、ドアの陰に置こう! 
 それで、メイドさんに見せられん物を密林の箱に詰めて蓋を閉める。箱は夜まで放置。
 よし、これで行こう! 
 早速、実行するオレ。
 中身の詰まったゴミ袋三つをドアの真後ろに置いてバリケードにした。
 足下からザクザク発掘される薄い本を段箱に詰める。あっと言う間にミカン箱サイズの密林箱がいっぱいになった。取敢えず、ゴミ袋の横に置いてバリケードを補強。
 押入れ前の薄い本の塚にも手を付ける。
 「ゆうちゃん、お昼ご飯どうする?」
 突然の声に固まるオレ。
 藍の奴! 何、勝手にオレん家に上がり込んでんだ。
 「お母さんが、うどんとカツ丼作ったって。みんなウチで食べるんだけど」
 「いや、いらん。分家なんざ行かねー。お前ら勝手に食ってろ」
 「あっそ。じゃ、クロエさん、行こ」
 「はい」
 ふたつの足音が階段を降りて行く。
 「いや、ちょっ待っ……」
 ドアに近付こうとして、ツルツルしたゴミに足を取られ、派手に転んだ。立ち上がろうともがいている間に、玄関から声が遠ざかって行った。無情。

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