■汚屋敷の跡取り-38.洗濯(2015年03月21日UP)
仏間の隣室の襖が開け放たれ、入口に双羽隊長が立っている。
中を覗くと何もない十二畳の和室だった。水の塊が、黴の生えた畳の上を這い回り、埃や汚れを根こそぎにしている。何度見ても凄い。
ゴミ袋を補充しに居間に入った。
……空っぽだ。
居間には何もなかった。昨日まであったオレの服、テレビ、こたつ、カーテンとかが入った紙袋、ゴミ袋の箱が消えていた。
「……ない。どっどこに……」
「お部屋の中身は現在、一時的に物置きに入れています」
「は? ……いや、物置き? 押入れじゃなくって?」
「はい。こちらです」
てっきり外の倉庫に行くのかと思っていたら、メイドさんは家の奥、台所の角を曲がって、初めて見る廊下の先の部屋に入った。
……廊下の角を曲がれて、その先にも部屋があるなんて知らなかった。
メイドさんが木製の引き戸を開けた。
入って右手の壁際にスチールラックが置かれ、ホームセンターの商品棚のようにきっちりと物が並べられている。
透明のプラ製コンテナボックスの中に、種類ごとに分けられた乾物が見えた。
左手側にオレの服や昨日買った物、こたつ等が整然と置いてある。
オレはラックからゴミ袋の束を取った。
未開封の箱はそのまま、開封済みの物は箱から出して積んである。その隣にガムテープ等もあった。オレは紐とガムテープを一巻ずつ取った。箱の開口部がラックの手前になるように置かれ、取り出しやすかった。
ゴミ袋に入ったままのオレの服から靴下を一組出す。血染めのヤツは捨てるしかないな。
脱いだ靴下をメイドさんに差し出す。
「いや、これ、捨てといて」
「お洗濯なさらないのですか?」
メイドさんは、首を傾げただけで、靴下を受け取ってくれなかった。あ、そっか、血染めの靴下なんて気持ち悪くて無理だよな。って、洗濯?
「いや、洗濯? 無理だろ。こんな血塗れ」
「今ならまだキレイになりますよ。お洗濯なさらないのですか?」
えっ? コレ、まだセーフなの?
「いや、でも、これ、メイドさんに手洗いしてもらうの、気の毒だし……」
「お洗濯は、拝命しておりません」
「………………」
命令された事以外はしない……って言うか、しちゃダメなのか。仕方がない。勝手な事して、メイドさんが折檻されたら、可哀想だ。
オレ自ら洗おう。靴下片っぽくらい楽勝だろう。
洗面所の前に戻った所で丁度、双羽(ふたば)隊長が十二畳の和室から、汚水を連れて出てきた。
隊長に洗濯なんか頼んだら、殺されるかも知れん。なるべく目を会わせないように……
「血で汚れた衣服の洗い方は、ご存知ですか?」
「………………」
隊長の質問に全身が硬直する。
口の中がカラカラに乾き、舌が貼りついて声が出ない。辛うじて、ぎこちない動きで首を横に振る事だけはできた。
「その程度の汚れなら、冷水で手洗いするだけで充分です」
冷たい声でアドバイスを残して、隊長は玄関から出て行った。その姿が見えなくなった途端、脱力しそうになったが、何とか持ち堪えた。
メイドさんを心配させてはいけない。
洗面所で水を出し、靴下を濡らす。
洗剤を付けるまでもなく、蛇口からの流水だけで見る見る内に血が洗い流されていった。
凝固しつつある部分だけが僅かに残る。水は冷たかったが、汚れがスッパリ落ちるのが面白く、苦にならなかった。
ふと、小学校の掃除の時間を思い出した。雑巾洗いの要領で靴下を揉み洗いする。
僅かに残った汚れもキレイさっぱり落ちた。
血染めの靴下は、水洗いだけで元の白さを取り戻したのだ。
メイドさんと双羽隊長の言う通りだった。
メイドさんは、マー君みたいにうるさく口出しせず、黙って見守っていてくれた。
オレは洗い終わった靴下を念の為、洗濯機に入れて洗面所を出た。