■汚屋敷の跡取り-19.自覚(2015年03月21日UP)

 ゴミ袋を一パック取り、洗面所でゴム手袋を回収して自室に戻った。
 まずは、既に中身が詰まったゴミ袋の残りを庭に出す。次に、薄い本の段ボール。
 ミカン箱サイズは二箱だけで、後はB4サイズで厚さも十センチ程だ。ミカン箱サイズのは一箱ずつ、後は二箱ずつ運んだ。
 段ボール箱の周囲に、普通ゴミが詰まった黒ゴミ袋を配置し直す。
 息切れしているが、あっけなかった。
 普通ゴミが45Lで十一袋、薄い本八箱、それとメイドさんが捨ててくれた虫の餌服が十三袋、洗濯物三袋。それだけの物がオレの部屋から出た。
 積み上がった段ボール箱とゴミ袋をぼんやり眺めている内に呼吸が落ちついてきた。
 冬の澄んだ空気の中、体がしんしんと冷えてくる。
 トイレに寄ってから、自室に戻った。
 黴臭く生温かいエアコンの風に乗って、何とも言えない臭気が廊下に漏れ出している。
 黴臭さは多分、エアコンのフィルタ。一度も掃除した覚えがない。
 零した牛乳を拭いた後で放置した雑巾と、夏場の公衆便所の臭いと、梅雨時に持って帰るのを忘れた体操服の臭いと、一学期間洗わず教室に忘れて帰った夏休み明けの上履きの臭いを足して、何かが腐ったような変な甘ったるい臭いを混ぜたような汚臭だった。
 マスクを捨ててしまった事を軽く後悔した。
 他の臭いについては、考える事を諦めた。
 ……オレ、こんな部屋に居たのか。

 【12月27日午後19時現在……床可視率7%、堆積層の厚さ約62センチ】

 今まで放置してて何ともなかったんだから、どうせこのゾーンに「必要な物」なんて何ひとつないんだろう。
 そう判断したオレは、物を個別に見る事をやめ、床の物を機械的にゴミ袋に突っ込む作業に徹した。
 どのくらい時間が経ったのか不明だが、ドアと廊下側の壁、ベッド、タンス、押入れの襖に囲まれた二畳分程度のスペースから、物がなくなった。
 押入れの前にあった尿ペットは、二重にしたゴミ袋に五、六本ずつ入れて庭に持って行った。
 エロゲ特典や同人グッズの抱き枕は、合計十七個発掘された。どのヨメも洩れなく黴が生えている。
 こんなん見られたら間違いなくドン引きされる。
 一個につき二枚の袋で上下を包んで、ゴミ袋の継ぎ目をガムテープでぐるぐる巻きにした。
 床に散らばるゴミは何もかも、段ボールで一カ所に寄せて、密林の納品書をチリトリ代わりにして一気に袋に入れた。
 ゴミを寄せる時に、何かが潰れるプチプチした感触があった。多分、服を食い荒らしたナントカって虫の幼虫とかだろう。
 まだ、虫のパーツやカーペットに絡まった綿埃、抜け毛、お菓子の食べカス等の細かいゴミはあったが、手で拾えるサイズの物はなくなった。
 これ以上は、掃除機がないと無理だ。
 ゴミ袋何袋分か、途中から数えるのをやめた。
 途中で袋が足りなくなって、居間に取りに行った。
 ひたすら捨てた。
 Gの死骸も、単なる黒い物体として処理した。
 ゴム手袋を装備したオレは無敵だった。
 色々と感覚が麻痺したのか、何かを踏みつぶした足の裏のプチっとした感触と、体液らしきぬめりも気にならなくなっていた。
 発掘した密林の段ボールは、全てドア横の壁に立て掛けた。
 これで満足してしまいそうになったが、背後を振り返って、考えを改めた。
 まだタンスと本棚の向こう側……と言うか、その中身も見られる訳にはいかない……学習机と、パソコンデスクの上と、足下の床がカオスのままだし、ベッドの上にも色々とヤバイ物が残っている。
 ベッドの下と「押入れ」と言う名の魔窟も忘れてはならぬ。
 額の汗を袖で拭って、ベッドの上の薄い本を箱詰めにする。
 ベッドと壁、マットレスの間に挟まった黴ティッシュや菓子袋をゴミ袋に入れる。
 掛け布団を持ちあげ、ベッド脇にできた空きスペースでバサバサ振る。小さな虫の死骸や生体が、カーペットの上に落ちた。
 少し考えて、掛け布団を廊下のカラーボックスの上に置いた。カラーボックスの上に載っていた何かが落ちたが、気にしない。
 二階は階段から近い方からオレ、賢治、真穂の部屋になっている。跡取りであるオレの部屋だけが八畳間で他は六畳。
 もう二部屋あるが、そちらは完全に物置き部屋になっていて、オレも詳細は知らない。山端家は歴史があるから、蔵に入りきらない物を納めてあるんだろう。
 物置き部屋の戸の前には大きな本棚が置いてあり、中に入った事がなかった。
 二階の廊下は以前のまま、両側の壁に沿って本棚とカラーボックスが並んでいる。
 床には元々何もない。多分、真穂が自分の通り道を確保する為に、床掃除はしていたのだろう。
 自室に戻り、毛布も同様に振って、細かいゴミや抜け毛を払い落す。それから、廊下の掛け布団の上に重ねた。
 敷布団カバーはくっきりと変色していた。
 ほぼ、上半身の形に凹んで黒くなっている。
 枕カバーも汗ジミか何かと、抜け毛で変色していた。もしかすると、黴なのかも知れない。口を開いたゴミ袋の上で枕カバーを振って、取敢えず抜け毛を捨てた。これは、椅子の背もたれに掛ける。
 続いて、敷布団の角をつまんでめくった。
 カサカサカサッ。
 黒い何かが、すごい速さでベッドと壁の隙間に吸い込まれるように消えて行った。
 思わず、布団から手を離す。
 流石にこの「大物」を無視できる程、感覚は麻痺していなかった。
 無理だ。
 ……オレは、今までこんな所で寝ていたのか。
 布団……いや、ベッドも丸ごと捨てよう。
 ベッドの下をそっと覗きこむ。
 暗くてよくわからないが、見える範囲にGは居ないようだ。ベッドの側板か壁に張り付いているのだろうか。
 そこには、薄い本がぎっしり詰まった白菜用の巨大な段ボール箱が三つと、開封済みのフィギュアが詰まった長芋の箱があった。
 元から箱に入っているので、箱詰めの手間は省けたが、重量がハンパじゃない。
 フィギュアはともかく、薄い本の箱は、ベッドの下から引きずり出した後、放心状態になるくらい重かった。
 落ちついた後、長芋の箱をガムテープで封印して、庭に出した。
 吐く息が白く凝る。
 寒かったが、外の空気はキレイだった。
 ……わかった。
 賢治と真穂は、この家に居るのがイヤなんだ。
 昼間、真穂が凄い肺活量でブチ切れていたのを思い出した。
 汚くて臭くて、他に行き場があるなら、一秒たりともこの家の空気を吸いたくないんだ。
 ツネちゃんが言ってたオバケって、この事だったのかもな。
 古い家、使われる事なく朽ちた物、虫の死骸……
 意を決して深呼吸すると、オレは生きたGが待ち受ける自室に戻った。
 今度は、むせなかった。
 ベッドの下の薄い本は、小さい箱に移し替えて庭に持って行った。
 東の空が白む頃、学習机とパソコンデスク周辺のゴミと、尿ペットも外に出せた。

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