■汚屋敷の跡取り-46.説明(2015年03月21日UP)

 「ムルティフローラは魔法の国だから、魔力がない人は国籍を取得できないんだ。巴(ともえ)の親族は王家と血縁があっても、宗教(むねのり)以外、誰も魔力を持ってないよ」
 またツネちゃんが説明した。
 謎は解けた。ムネノリ君だけが当たりだった訳だ。魔法使いなのは認めざるを得ないし、メイドさんが嘘吐いてるとも思えないしな。
 マー君は、土鍋の中から鳥のささみをかき集めている。水炊きにささみ? 分家の嫁は料理の常識も知らねーのかよ。
 「いや、でも障碍年金貰ってんだろ? やっぱ、税金泥棒じゃねーか!」
 「えっ……だって…………」
 「ゆうちゃん、この国に住んでる人は、外国人もみんな年金加入の義務があるんだよ。宗教(むねのり)は、十八歳までの国籍は日之本で、父さんが生きてる間は扶養家族だったし、受給用件も満たしてる。税金泥棒じゃなくて、正当な権利なんだよ」
 言葉に詰まるムネノリ君に代わって、ツネちゃんが説明した。
 「いや、もし仮に、帝大の准教授だったとしても、魔道学部なんか卒業したって就職できねーだろ。折角、帝大なのに、世間の役に立つならともかく、クソの役にも立たねーアホー学部って……Fランク私立の医学部とかの方がまだマシだろ。日之本帝国は科学の国なんだから、魔法の研究なんか役に立たねーし! 国費の無駄遣いしやがって! 国立大の予算ってのはな、国民が一生懸命汗水たらして働いて納めた血税なんだよ! 税金泥棒! しかも手帳持ってるって事は、この国に医療費とか、集ってんじゃねーか! 税金泥棒! どうせムルティフローラでも、王族ってだけで、国民の血税で贅沢三昧してんだろ!?
 ババアの骨折も治せねー癖に、癒し系気取って調子こいてんじゃねーぞ! 税金泥棒! そもそもお前、余分に生まれた要らん子じゃねーか! 無駄飯食って日之本帝国とムルティフローラの税金食い潰す寄生虫の分際で、メイドさんだけじゃなくて、女騎士まで侍らせるとか、生意気なんだよ! 声変わりもしてないキモいロリ声で、何もできねー分際で、女二人もキープとか、生意気なんだよ! 税金泥棒のエロガキが! そう言う事は他人様の役に立つ仕事をして、男として一人前になってからにしやがれ! 税金泥棒の分を弁えてさっさと死ねよ! 穀潰し!」
 ムネノリ君は、声も出さずに大粒の涙をぽろぽろ零して泣きだした。その膝の上で黒猫がオレに向かって威嚇している。
 オレの意見を誰も遮らず黙って聞いてる事が、すなわち、オレの正しさの証明だ。
 穀潰しのムネノリ君に追い打ちをかけるオレ。
 「ちょっとホントの事言われただけでメソメソ泣きやがって! 三十路にもなった大の男が情けない! 豆腐メンタルが! 打たれ弱過ぎだろ! 過保護か!?」
 「宗教(むねのり)、今日は疲れたろ? もう休ませてもらおう。な?」
 ツネちゃんが優しく言った。
 ムネノリ君は、タワシみたいになった黒猫を抱き上げ、三枝(さえぐさ)に支えられながら、のろのろとした動作で立ち上がる。
 双羽(ふたば)隊長が共通語で何か言い、ムネノリ君がそれに短く答え、ツネちゃんと三枝が頷いた。
 また、共通語でこそこそ内緒話か。日之本帝国語で堂々と喋れよ。
 「ごちそうさまでした。おやすみなさい」
 「お……おやすみ……なさ…………」
 三人が出て行った襖を閉めて、双羽隊長が振り返った。
 「仮にもご親戚と言う事で、殿下からは『多少の無礼は、大目に見るように』とのご命令を受けておりました」
 「隊長さんは『山端優一は、不敬罪に値する暴言を吐いたので、それなりの対処をする許可を下さい』って。で、ノリ兄ちゃんが『少しだけなら許可します』って答えてた」
 賢治がドヤ顔で共通語を訳した。
 オレだって、そのくらい読解ならわかる。バカにすんな。
 真穂は、下座の土鍋にうどんを入れて、一人で食っていた。こいつ女の癖に食い過ぎだろ。ダイエットとかしないで食いまくるとか、豚かよ。
 「まず、貴方の勝手な憶測を訂正致します。殿下が帝国大学にお勤めの件ですが、この国の政府からの招聘に応じられた為です。近年、両輪の国と科学の国の交流が盛んになり、科学の国でも魔術研究の必要性が高まってきた事と、この国に縁が深いお方である事の二点が、殿下が招聘された理由です。この国の民は、魔力を持たない人が大部分を占める為、実際に術を行使する機会は非常に稀ですが、基礎研究が完全に無駄になる訳ではありません。学生さんも、卒業前には概ね、お勤め先がお決まりです」
 双羽隊長はそこで言葉を切った。
 女騎士の厳しい視線に射抜かれ、オレは一言も発する事ができない。
 「国費の使途の件は、この国の財務を管掌する官吏に直接、ご意見をお伝え下さい。内政干渉になりますので、殿下は何もおっしゃっていません。また、殿下は帝国大学の准教授として、お仕事の報酬を受領なさっています。報酬からは、この国に対してきちんと納税なさっています。学術誌などの原稿料や、出版物の印税に関しても同様です。殿下はこの国の『税金泥棒』などではなく、れっきとした『納税者』でいらっしゃいます。この国にお住まいで、税をお納めの殿下が、この国の行政制度を利用する権利を、何の権限もない貴方から、不当に妨げられる謂れはありません。そうですね?」
 「い……いや……あ、は……はい。その通り……です」
 隊長に同意を求められたオレは、何度も頷きながら答えた。そんなもん、オレだって消費税とか納めてる「納税者サマ」だっつーの。
 藍が、バットに残った肉と椎茸を全て上座の土鍋に入れ、卓上コンロの火力を上げた。
 「ムルティフローラは実力主義の国です。血縁だけでは王族と認められません。公務を果たし得る強い魔力をお持ちで、善良なお人柄でなければ、王位継承権が付与されません。殿下は毎年、長期休暇中に帰国なさって、公務を執り行っていらっしゃいます」
 夏休みの宿題みてーなやり方で済むんだから、どうせ大した事ねーだろ。
 「殿下は『三界(さんかい)の眼(め)』と呼ばれる特別なお力をお持ちです。三界の眼で『結界の保守管理』と言う重要な公務を担い、それを立派に果たしていらっしゃいます。そして、お優しいお人柄は、多くの民から慕われております。治癒の術は、強力な魔力を制御する訓練の一環による、副次的な物に過ぎません」
 「いや……その、つまり……」
 「宗教は、王族でも滅多にいない特殊能力の持ち主で、その力を使って特別な仕事してんの。癒しの術は、魔法の練習用に簡単なのを習っただけで、それがメインの仕事ってワケじゃない。ちゃんと役に立ってるし、誰彼構わず暴言吐いたりしないし、大人しくて優しいから、国民の人気者なんだ。ムルティフローラで『要らん子』って言うか『居ない子』扱いなのは、魔力のない俺や経済(つねずみ)の方なんだよ」
 だんだん話について行けなくなってきたオレに、マー君が、わかりやすくてムカつく解説をした。
 オレがまだ食ってないのに、鍋にうどんを入れるな。って言うか、何だその厨二病設定。ムネノリ君、邪気眼(笑)持ちなの? 
 「いや、そんなの……! ………………」
 隊長とマー君がそう言ってるだけで、何の証拠もなかったが、隊長に目で黙らされてしまった。
 何この女鬼軍曹!?
 「残念ながら、殿下は生まれつきお体がご不自由で、お血筋を残す事は叶いません。しかし、貴方にあのような中傷をされる謂れは、断じてありません。また、私とクロエは、貴方が妄想しているような役割で、お傍近くにお仕えしている訳ではありません。私は近衛騎士として二十年以上、殿下の護衛を拝命しております。クロエは殿下の使い魔です」
 口滑らせたのはマズかったなー。あれが隊長の逆鱗に触れてたっぽいなー。オレ、マジで殺されんの?
 米治叔父さん、さっきから食ってばっかで、完全に空気じゃねーか。可愛い甥に助け舟くらい出せよ。隊長が怖くてだんまりとか、気がきかねーヘタレだな。
 「殿下がお優しいお方で、命拾いなさいましたね」
 隊長は、妙に優しい声で言いながら、スーツの上着の内ポケットから何かを出した。

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