■汚屋敷の跡取り-35.害虫飼育箱(2015年03月21日UP)

 「い……いや、分家行くんじゃなくって、その……昨日のとこ……」
 「ジャヌコ? 何か買い忘れ? 俺、さっき行って来たばっかりなんだけど?」
 今日の便、終了?
 え? オレ、今日も同じパンツなの? 二日連続履きっぱなの?
 まぁ、いいか。
 三日前までは、何日っつーか何カ月も同じ服、同じ下着で風呂も年単位で入ってなかったし。それに比べりゃまだマシだな。
 風呂は入ったし、昨日、丸洗いもされたし、全然余裕。まだイケる。
 「何が要るの? 急ぐ?」
 「いっいや……あの、その……パ……パンツ……」
 「何で? タンスに入ってないの?」
 「いっいや! ……その……むっ虫で……いや、虫が……タンスも、あっあれで……だから……その……」
 「あー……うん、大体わかった。そう言う事は早く言えよ。全く! ここんちは、どんだけ害虫飼育してんだよ! そのタンスも捨てるって言うか、丸ごと燃やすから。もう絶対に開けるなよ? いいな?」
 オレは民芸品の首振り人形のようにカクカクと頷いた。
 「明日、他の買い出しがあるから、タンスはその時ついでに買うとして……パンツって、今履いてるの以外、一枚もないの?」
 昨日、居間で袋から全部出して探したが、見つからなかった。
 オレがコクリと頷くと、マー君は盛大に溜息を吐いた。
 「サイズは?」
 「いや、あの……えっと……えっ……M……かな?」
 「他は? シャツとか靴下とかの予備はあるの?」
 オレはカクカク首を縦に振った。
 「コンビニで買ってくるから、タンス捨てて待ってろ」
 マー君は鬼の形相で出て行った。
 タンスを捨てる? オレ一人で? それ、何て無理ゲー? 
 引き出し一段ずつ、パーツ単位でなら……いや、いやいやいや! 虫! 虫が出る! 却下だ却下!
 さっき庭に居たのは……ムネノリ君には無理だ。あの細い腕じゃ、絶対無理。
 藍も、女の細腕じゃ無理だろう。
 双羽隊長なら魔法で……いや、やめとこう。
 「何故、自分のゴミを、自分で、捨てないのですか?」とか詰問されるのがオチだ。で、殺される。
 メイドさんも魔法でできそうだけど……中身があれじゃ可哀想だ。
 KY三枝じゃ言葉通じねーし……いや、筆談なら……? 辞書は……押入れ、か……
 「優一さん、今日はお掃除なさらないのですか?」
 一階の廊下で立ち尽くして悩むオレに、メイドさんが声を掛けた。
 「いっ……いや、あの、すっする。するけど、タンス捨てたくって、その……でも、君、部屋に入っちゃダメだし、オレ一人じゃ無理だし……」
 「では、どうすればいいのか、ご主人様にお伺いしてきます」
 あーッ! オレ、何を口走ってんだよ! 
 今のじゃメイドさんに手伝ってもらう気みたいじゃねーか。
 つか、ムネノリ君に入室の許可取るんだよな? 見える所にヤバい物はないけど、メイドさんに、あの害虫飼育箱はダメだ!
 「いや、まっ待って! 待って!」
 「はい?」
 メイドさんは、靴を履きかけた姿勢のまま振り返った。
 「いっいや……うぁ……あの、さっ三枝……三枝さんに、言って……」
 「ご主人様と、三枝さんにもお伺いすればよろしいのですね」
 「いっいや、その……うっうん……」
 メイドさんは庭に出て行った。残されたオレは、全身がギシギシと軋むように痛んだ。
 ……ああ、これ、筋肉痛なんだ。
 痛みの正体に気付いた。
 超久し振りに重い物を持って、階段を何往復もしたからだ。理由がわかったところで痛みが和らぐ訳ではないが、腑に落ちてちょっとすっきりした。
 「お部屋の様子を見て、入っても安全そうなら私が、そうでなければ三枝さんが運ぶ事になりました。お部屋、拝見しますね」
 メイドさんは軽快な足取りで階段を上り、すぐに降りてきた。部屋のドアが開けっ放しだったからだろう。
 そのまま玄関を出て、三枝を連れて戻って来た。
 え? オレの部屋ってまだ危険地帯扱いなの? 
 「優一さん、三枝さんが『重力遮断』の魔法を掛けてくれますので、一分以内に運んで下さい。玄関までで結構ですから、頑張って下さい」
 一分……持続時間、短過ぎんだろ! で、オレ一人かよ! 途中で切れたらやべーじゃん!
 「昨夜も、優一さんお一人でゴミ出し頑張られてたみたいですし、きっと大丈夫ですよ」
 「いや、あ……ま、まぁな。タンス一個くらい、オレ一人で充分だ」
 三人で二階へ上がる。
 丸洗い魔法、机周辺は避けて貰ったから、あの辺のカーペットには、まだ……虫が居て、メイドさんは入れないんだろうな。
 寝てる間に、洗浄済みゾーンに幼虫が移動している事も有り得る訳で……よく考えたら、メイドさんを部屋に入れるとか、とんでもなかったわ。
 オレは、虫を踏んだ足の裏の感触を思い出し、身震いした。
 ……ダメ過ぎる。
 オレの部屋、危険地帯だったわ。虫的なイミで。
 三枝はさっさとオレの部屋に入り、タンスと本棚の間に立って手招きした。
 オレが部屋に入ると、共通語で何か説明し始めた。

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