■汚屋敷の跡取り-63.懇願(2015年03月21日UP)

 オレは首を横に振って、マー君の足許に正座した。
 「家賃と食費はお支払いします。掃除と皿洗いもします。絶対、迷惑掛けません。帝都で就職活動する間、巴の家に下宿させて下さい。お願いします」
 土下座したのは初めてだった。
 マー君の顔が見えない。胃が痛い。
 反応がわからないのが怖い。
 「二階に上がるの禁止と、洗濯も追加な。ウチの近所で、風呂トイレ共同で一間のアパートの家賃の相場が……あの広さだと大体、五万くらいかな。食費二万として計七万円、誰が毎月払うの? 仕事決まるまでずっと居座られちゃ堪んないから、半年にしてくれる? 仕事決まらなくても追い出すけどいい? 仕事が決まったら、その月の月末には出て行って貰うけどいい?」
 「そんな……マー君、身内から家賃取るなんて……」
 矢継ぎ早に条件を詰めるマー君にババアが口出しした。
 「そのくらいプレッシャー掛けてやらないと、ゆうちゃんは甘えて働かないよ。で、ゆうちゃん、最大で四十二万、俺に払えるの?」
 オレは顔を上げ、ババアに向き直った。
 「ばあちゃん、仕事決まったら必ず返すから、お金貸して下さい。お願いします」
 頭を下げると額に畳が触れた。
 「ホントは跡を継いで欲しいんだけど、そこまで言うなら……半年よ、半年頑張ってダメだったら、帰っておいで。おばあちゃんが執り成してあげるから、ねっ」
 ここに戻る気はない。ましてや、執り成して欲しくなんかない。
 でも、オレを心配してくれる気持ちだけは有難かった。
 「ばあちゃん、ありがとうございます」
 「じゃあ、契約書を作りましょう」
 「けイやクしょ?」
 ツネちゃんの言葉を区長と隣保長が、変な声で聞き返した。
 「政治(まさはる)が今言った以上の額を請求しないように、ゆうちゃんが約束を反故(ほご)にしないように、おばあちゃんが支払いを忘れないように。
 身内なのに水臭いとか言ってなぁなぁにすると、それに甘えてグダグダになりますから、こう言うのは身内だからこそ、しっかり決めて書面に残さないと、結局は誰の為にもならないんですよ」
 ツネちゃんは、いつものように淡々と説明した。
 住職が「その通り」と言って頷くと、区長と隣保長も渋々了承した。
 「本日はお正月早々、大変お見苦しい騒動に巻き込んでしまいまして、誠に申し訳ございません。後日、主人と一緒に改めてお詫びに上がらせて戴きます。本当にありがとうございました」
 分家の嫁・真知子叔母さんが深々と頭を下げ、山端家親族会議はお開きになった。

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