■汚屋敷の跡取り-54.雑妖(2015年03月21日UP)
「で、ホトケさんは、どちらのお部屋でしょう?」
「仏間の二つ隣のお部屋なんですけど……鑑識の到着を待った方がいいかなって……」
「もうそろそろ着く頃かと思うんですが、なにぶん、この雪で……」
駐在さんは、ムネノリ君にペコペコ頭を下げまくっている。権力のイヌめ。
……って言うか、ホトケさん? 鑑識?
「じゃあ、他の事をして待ってます。……ゆうちゃん、これ、燃やす前に視てくれる?」
ムネノリ君はそう言ってオレに近付いてきた。
黒猫がムネノリ君の肩の上で器用にバランスを取る。ムネノリ君はオレの右手を取り、両手で包み込んで小声で何か呟いた。
ゴミ山が何倍にも膨れ上がった。
ドブ色のドロリとした何かが、ゴミ山を覆い尽くしている。
よく見るとアメーバのような、虫のような、小動物のような……何かワケのわからない輪郭のぼやけた異形の生き物が、無数に蠢いていた。
「うわあぁぁあぁああぁぁぁぁぁッ!」
オレは尻餅をついたまま数メートル退いて、ゴミ山から距離を取った。
ムネノリ君から手が離れた瞬間、ゴミ山が元に戻った。
……幻覚?
「ゆうちゃん、このお家はね、要らない物や、使われずに朽ちた物や、虫や動物の死体がいっぱい詰まってて、そう言うのを苗床に雑多な妖魔が涌いたり、他所から来て住みついたりしてたの」
ムネノリ君が幼女のような声で淡々と説明する。
賢治と真穂が玄関に入った。
「雑妖一匹ずつの力はとても弱くて、大した影響はないんだけど、このお家は雑妖がいっぱいで、人間が隅っこに追いやられてて……要するに、ゆうちゃんのお家はね、良くないモノに乗っ取られてたの」
オレは立ち上がり、全ての雨戸が閉め切られた家を見た。
何も見えない。
さっきのは、幻覚の魔法なんだろ?
「……いや……………………その…………………………」
「苗床をお家から出して、焼き捨てて、雑妖を隊長さんと三枝さんにやっつけて貰って、今はもう、ゆうちゃんのお部屋と、その下の開かずの間以外は、安全だよ」
賢治と真穂が次々と雨戸を開け放つ。
……開かずの間? オレの部屋の下に?
開かずの間状態の部屋がありすぎて、どれの事やらわからない。階段下の収納スペースの裏に隠し通路か何かあるのか?
「ゆうちゃんのお部屋の要らない物って、これで全部?」
オレは無言で頷いた。
賢治がオレの部屋の雨戸を開けた。
「じゃあ、ゆうちゃんのお部屋、丸洗いで浄化できるね?」
ムネノリ君の問いに頷く。
隊長が水の塊を連れて家に入った。
ムネノリ君は、黒猫を肩に乗せたまま杖を引きずり、ゴミの周りを歩いた。
輪が完成し、呪文を唱え、闇が降りる。続いて闇の帳を透かして、白い炎がゴミ山を焼き払う様が見えた。
オレがこれまで生きてきた歴史が、一瞬で灰に変わった。
オレ自身は、ここで、まだ、生きている。
駐在さんの無線が鳴り、短く言葉を交わす。
「近くまで来たそうで、先導に行って参ります」
ムネノリ君に敬礼して、白バイは農道を走り去った。
双羽隊長と賢治と真穂と、泥水が庭に戻ってきた。藍と分家の嫁が透明のゴミ袋を広げた。泥水は、二人が口を広げる袋に汚れを吐き出した。
キレイになった水はオレを丸洗いし、更に焼け跡を這い回って灰を回収した。
押入れの中身は透明ゴミ袋四杯分になった。
賢治が、灰袋を軽トラに積みながら言う。
「明日、畳屋さんが来る。おばあちゃんには分家に泊まって貰う。ジジイとオヤジは早ければ明日の夜、遅くとも元日の夕方までには戻ってくると思う」
「は?」
……畳屋? いや、ジジイ共、早過ぎじゃないか? いつもは冬休み一杯居座るのに。
「じいちゃん達は俺が呼び戻したんだ。元日に会いたいって言って」
マー君がオレの心を読んだように付け加えた。
お前はエスパーか。
白バイが白黒のワンボックスを引率して戻って来た。
「お待たせ致しまして恐れ入ります。殿下、お手数お掛け致します」
「こちらこそ、お忙しい時期にお呼び立て致しまして恐縮です。恐らく時効が成立済みで立件できず、身元確認だけになるかと思いますが、宜しくお願いします」
整列して敬礼する警官達に、ムネノリ君は大人の口調で言って丁寧にお辞儀した。
ムネノリ君を先頭に双羽隊長、三枝、警官、鑑識捜査員、身内がぞろぞろ続いた。
縁側に沿って庭を歩き、仏間と座敷の前を素通りし、固く閉ざされた引き戸の前で立ち止まった。
「このお部屋です。室内の骨には触らないで下さい。多分、ここはその骨を閉じ込める為のお部屋です。それに触って何かあっても、僕には何もできませんから、気をつけて下さい。お部屋の入口に近い、床下に埋まっている人を出してあげて欲しいんです」
幼女のような声が淡々と説明する様が、却ってトラウマになりそうな内容だった。
「真穂ちゃん、藍ちゃん、あっち行っとこう」
ヘタレのツネちゃんが小声で二人を呼んだ。その三人と分家の嫁がそっと離れる。軽トラの前まで戻り、パトカーの傍に残る警官と何か話し始めた。
木戸は釘で固定されているらしかった。鑑識が写真を撮る。警官が持参した工具箱から釘抜きを出し、錆びきった釘を引き抜く。
「おまわりさん、手袋片っぽ脱いで、手を貸して下さい」
ムネノリ君がスコップを装備した警官の一人に言った。警官は言われるままに左の手袋を脱いだ。
ムネノリ君はその手を両手で包んで、さっきの呪文を唱え、警官の手を握ったまま言う。
「お部屋の床下を見て下さい」
「……ヒッ!」
「あー、そっちじゃなくて、下、床下、土の中です」
ムネノリ君に言われた警官は、ガクガク震えながら視線を下げた。
……何が、視えたんだ?
「その深さです。宜しくお願いします」
「……は…………はい」
警官は震える声で返事をして手袋をはめた。引き戸が開き、鑑識のシャッター音が響く。
壁……いや、家具の裏側が入口を塞いでいた。警官二人掛かりで、古い桐のタンスを除ける。
六畳くらいの板の間が現れた。
床には厚く埃が積もり、奥の壁際には祭壇のような物があった。
他には何もない。
祭壇には白い陶器の壺が載っていた。鑑識がシャッターを切る。
「それに触らないように気をつけて、手前の床板を剥がして下さい」
怯む警官達にムネノリ君がロリ声で容赦なく命令した。
釘抜きを装備した警官が縁側に身を置いたまま、手前の床板を剥がし始める。床板はすぐに剥がれ、スコップを持った警官二人が、固い表情で土を掘った。
誰も何も言わず、スコップの音だけが響く。
唾を呑みこもうとしたが、口の中がカラカラに乾いていて、上手くいかなかった。
……ここ、オレの部屋の真下だよな?
「出ました」
警官の声に続いて鑑識のシャッター音が響いた。