■汚屋敷の跡取り-07.近衛騎士(2015年03月21日UP)
いきなり視界が開けた。前髪がなくなっている。
オレの斜め前に回り込んだ大男が、剣を横薙ぎにした。
左サイドの髪がブッツリと切れて、首がスースーする。
大男がすり足でオレの背後に回り、後頭部が突然、軽くなった。剣を振るったらしい。
刃が触れたかどうかわからんまま、右サイドもバッサリやられた。
言葉わかんねーにしても空気読めよ。
オレが論破しようとしてんのに、何やってんだクズ。
睨みつけてやっても、KYなコイツは剣を一振りして、オレと真穂達の間に戻った。
「プッ……! 無理……むりムリむりムリ、これは無理だわあはははははははは!」
藍が吹き出し、腹を抱えて前のめりに笑いだした。
まぁなぁ、外人男の間抜けなKYっぷり、箸が転んでも可笑しい年頃の娘には、耐えられんだろう。
「ちょっと、藍ちゃん、いくら何でも、そんな笑っちゃ悪いよ」
真穂が笑いを堪えているのか、変顔で藍の脇腹をつついてたしなめる。
流石オレの妹だ。
いくらKY外人で言葉がわからなくても、自分が笑われてる事くらい、わかるだろうからな。キレてぶった斬られでもしたらシャレになんねーし。
「どうせ明日、街に連れて行くし、この話題、終了な」
賢治がゴム手袋の手をポンポンと打って締めた。お前がまとめんのかよ。
「宗教(むねのり)、気にせずに喋れよ。お前は何も悪くないんだから」
「う……うん。あのね、ゆうちゃ……」
ツネちゃんに促され、ロリ声ムネノリ君が、おずおずと口を開く。
すかさず遮るオレ。
「いや、オレは認めてねーし、喋んなよ」
「ゆうちゃん、いい加減にしないと本当に不敬罪で手打ちにされても知らねーぞ」
賢治が生意気な口をきいたが、内容が噴飯物過ぎて鼻水が出た。
不敬罪で手打ちとか、いつの時代のどこの国のハナシだよ。
「ゆうちゃん、宗教はムルティフローラ王国の王族で、その二人は護衛の近衛騎士なんだ。あんまり暴言吐きまくってると、笑い事じゃすまなくなるから……」
ツネちゃんが大真面目な顔で言った。
ギャグの追い打ちで、オレの腹筋は崩壊寸前だ。
「は? お、王族? ウヘハッお前ら、デュフフッ、ヤベ、フフ王子サマなの?」
「王族なのは宗教だけだ」
「は? 三つ子の兄弟なのに? おかしいだろ。そんな国名、聞いた事もないし、厨二病の痛い妄想に外人雇ってまでいちいち付き合うなよ。アホの子が調子に乗るだろうが」
ツネちゃんが、溜息を吐いてムネノリ君達の方を見た。
ムネノリ君が、訳のわからん国籍不明の言語で何か言い、外人女が頷く。
何、オレの目の前で内緒話してんだよ。
「昨日の昼、分家に集まった時に、説明してくれてたんだけどな」
「ゆうちゃん、私が呼んでも『うるせぇ! ブスッ!』って言って出てこなかったし」
賢治と真穂が、オレに非難がましい目を向ける。
昼は起こすなってババアにも言ってあるだろうが。
何で本家の長男が、分家の都合なんかに合わせてやんなきゃなんねーんだよ。常識的に考えろよ。カス共が。何年も寄りつかなかった外孫の分際で、論外だろ。てめーらの都合を押し付けんな。
「今はムルティフローラ王国を知らなくても、ゆうちゃんはパソコンの大先生だから、パパッと調べて、すーぐにわかるよねぇ?」
「いや……え、お……おう」
笑いの壺から脱出した藍に、オレは片手を挙げて応えた。
ムルティフローラ……か。暗記モノは得意だ。
忘れないように心の中で何度も復唱する。
ムルティフローラ、ムルティフローラ、ムルティフローラ……
「じゃあこの話は終わり。宗教、ゆうちゃんに話があるんだろ?」
「うん。あのね、このお家、大掃除したらね、ゆうちゃんのお母さん見つかるよ」