■汚屋敷の跡取り-37.比較(2015年03月21日UP)

 三枝(さえぐさ)が置いたタンスの前にゴミ袋を置いて振り向く。花粉症用のマスクで隠れて表情は読めなかった。
 「部屋掃除しなくてタンスに虫涌かして、捨てるのに自分じゃ運べないから、三枝さんに魔法で手伝って貰ったんだよね? クロエさんに玄関まででいいって言われてたのに、調子に乗って運ぼうとして怪我したのは、自業自得だよね? その怪我もノリ兄ちゃんに魔法で治してもらったのに、何で誰にも『ありがとう』とか『ごめんなさい』とかが言えないの? 何もかも誰かにやって貰って、当たり前だとでも思ってんの?」
 藍はそこまで一気に言って、言葉を切った。
 誰も何も言わなかった。
 オレの返事を待っているのか? 
 双羽隊長が泥水を従えて玄関から出てきた。今のを聞かれなかっただろうか? 
 「本家の長男ってそんなに偉いの? ムルティフローラ国王の玄孫で王位継承権持ってるノリ兄ちゃんよりも、ゆうちゃんの方が偉いの? 何で? 根拠は?」
 藍の奴、ほぼ初対面のオレに遠慮って物はないのか? 言いたい放題言いやがって。
 理屈っぽくて可愛げのないクソ女め。女の癖に生意気な。オレは絶対こんなオンナは嫁にしてやらん。こんな性格じゃ、この村の誰にも相手されなくて、行かず後家決定だな。
 ブルーシートの前に置かれた段ボール箱に、泥水が汚れを吐き出している。
 隊長は何も言わず、清水を連れて家の中に戻った。
 「いや、それは違うだろう。別にオレ……何も頼んでねーし、お前らが勝手に……」
 「ノリ兄ちゃん、こんな奴もう放っとこう! ゴミと一緒に腐ればいいのに!」
 「でも、折角ここまで片付けたし、おばあちゃんは、これからもここに住むし……」
 「あー……そうだねー。おばあちゃんが困っちゃうねー」
 藍はそう言い捨て、ガラクタ仕分けの作業に戻った。
 「優一さん、藍さんのご質問に、回答なさらないのですか?」
 「え……いや……回答って……その……」
 メイドさんの意外な言葉に、頭が真っ白になった。
 ムネノリ君は、自称・ムルティフローラの王族……国王の玄孫で王位継承権がある。ガチ魔法使いで、メイドさんの現・ご主人様だ。
 オレは、日之本帝国の一般庶民……大地主且つ豪農の跡取り。ネットスラングで言う所の魔法使いで、メイドさんの未来のご主人様だ。
 メイドさんにとっては、現・ご主人様の方が偉い人なんだろうな。
 双羽隊長と三枝にとっても、守るべき主君は偉い人なんだろうな。
 藍は、本家の長男で、ムネノリ君より年上の従兄であるオレを、明白に見下している。
 賢治と真穂も、長兄のオレを「ゆうちゃん」呼ばわりして見下している。
 ジジイにはずっと会っていないが、子供の頃に「優一は本家の跡取りだから偉い子だ」と言われた。
 オヤジともずっと会話してないが、子供の頃に「優一は長男だから賢治より偉い子だ」と言われた。
 後妻の美波とは、一度もまともに会話した事がない。あいつはどうでもいいや。
 マー君とツネちゃんは、ムネノリ君は呼び捨てで、オレを「ゆうちゃん」と呼んでるが、態度としては微妙だ。特にマー君は、オレに対してやたら上から目線で……やっぱり、見下してるのか……あいつら、オレより背高いし……
 ババアは……オレの偉さを知っているから、オレの命令をちゃんときいている。
 小中高の同級生と各教科の先生は、ずっと学年トップだったオレの実力を知っている。
 ……結論は出た。
 藍はブルーシートの上でごちゃごちゃしたガラクタをゴミ袋に詰め、まだ使えそうな物を段ボールに入れる作業に没頭している。三枝がその傍らで光る剣の素振りをしていた。
 オレはメイドさんに聞かせる為に、結論を声に出した。
 「いや、あの……オレよりも、ムネノリ君の方が……偉いよ。こ……根拠は多数決で……その……」
 「プッ……! 多数決って……」
 藍が吹き出した。
 聞いてないフリして聞き耳立ててるとか、どんだけ性格悪いんだ? このクソ女!
 ムルティフローラの人口が何人か知らんが、あっちの全国民とオレの知り合い全部じゃ、絶対、こっちに勝ち目ねーじゃん。田舎の過疎地なんだから……人口の差はオレのせいじゃねーし、事実だろうが。そこは潔く認めねーと。
 「ゆうちゃん、お掃除続けるんだったら、クロエに手伝わせるけど、どうする?」
 このロリ声はホントにマイペースだよな。今、そんな話してねーし。まぁ、でも、掃除しながら、メイドさんと将来の事とか、ちゃんと話そう。
 「いや、やる。続ける」
 「そう。よかった。クロエ、昨日までと同じように、お掃除のお手伝いをしてあげて」
 「かしこまりました」
 オレはメイドさんと連れ立って家に入った。

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