■汚屋敷の跡取り-43.分家(2015年03月21日UP)

 分家の敷地は、農道から玄関に続く部分だけが除雪されていた。
 マー君は、分家の玄関前に車をぴったり横付けにした。
 もう逃げられない。
 だが、まぁ、ジジババとオヤジが居ないだけ、まだマシだ。
 オレは腹を括ってマー君と共に分家の敷居を跨いだ。
 分家は玄関にも廊下にも、余分な物が何もなかった。揃えて置かれていたスリッパを履いて洗面所に向かう。
 「ただいまー。ゆうちゃん連れてきたよー」
 マー君が奥に声を掛けながら、玄関を閉めた。
 いよいよ逃げられなくなった。
 でも、まぁ、米治(よねじ)叔父さんだけなら、何とかやり過ごせるだろ。
 手を洗い終わったところで、分家の嫁が様子を見に来た。
 「あらあら、ゆうちゃん久し振り。今夜は水炊きよ。もう食べてるから、急いで」
 随分老けこんで、完全に農家のおばちゃん化していた。まぁ二十年近く経ってるんだ。劣化して当然だ。
 オレとマー君は、分家の嫁の後に続いて座敷に入った。
 ふたつ並べた座卓の上で、土鍋が美味そうな湯気を上げている。
 みんなかなり食べ進めていた。
 全員揃うまで待てよ。
 上座、お誕生日席配置に、床の間を背にして米治叔父さんが座っている。廊下側の席に上座からムネノリ君、ツネちゃん、マー君の縮小コピー。
 縁側サイドの上座に近い所に空の座布団が二枚。マー君の縮小コピーの向かいに賢治。
 下座卓に男子中学生、真穂、末席に分家の嫁。分家の嫁の向かいに藍が座っていた。
 上座卓七人に大きな土鍋、下座卓四人に小ぶりな土鍋が配備されていた。
 ムネノリ君の背後、オレ達が入ってきたのとは違う襖の前に卓袱台を置いて、双羽(ふたば)隊長と三枝(さえぐさ)が差向いに座っていた。
 「ゆうちゃん、こっち」
 マー君に手を引かれ、ムネノリ君の向かいに座らされた。
 「いただきまーす」と言って、マー君は賢治の隣に腰を下ろした。
 ……何だよ、この席次?
 ムネノリ君の膝の上で黒猫が何か食っている。分家のペットか? 人間様と同じ食卓で食べさせんなよ。
 双羽隊長は、箸で焼き魚と御飯と漬物を食べ、三枝は、親子丼のようなものをスプーンで食べていた。
 「いや、あの、何であいつら、別メニューなの?」
 「宗教(むねのり)の護衛だから、万が一の食中毒とかに備えて、リスクを分散してるんだよ」
 ツネちゃんが、白菜を取りながら理路整然と説明する。
 分家の嫁、信用されてねーな。
 「いや、あの、メイドさんは?」
 「クロに用事? 今、ちくわ食べてるから、後にしてくれる?」
 ムネノリ君が答えた。
 ただでさえ短い仮名を更に略すなよ。「クロ」とか言ったら、完全に毛の色じゃねーか。
 騎士っつーか、猫でさえ同じ部屋でメシ食えるのに、メイドさんは別室……多分、台所って、身分制度厳し過ぎんだろ。
 メイドさん的には、好物のちくわ食わせて貰えるだけでも「ありがたき幸せ」なんだろうけど、そんなの絶対おかしいよ! オレが、絶対に君を奴隷身分から、救ってあげるからね!
 オレは決意を新たにして、鍋に箸を伸ばす。
 その手をマー君にはたかれた。衝撃で箸が畳の上に転がる。
 「ゆうちゃん、どんだけコミュ力退化させてんの? 挨拶の言葉も忘れたのか?」
 「………………」
 「『いたたきます』は?」
 「……………………いや………………その…………い……いただきます」
 「どうぞどうぞ、召し上がれ。お箸、こっちに替えとこうね」
 オレが箸を拾いながら呟くと、分家の嫁がニコニコ笑いながらいちいち返事をして、バットの横に置いてあった箸を持ってきた。
 「ゆうちゃん、久し振り。藍にはもう会ったんだってな。真穂ちゃんの向かいに座ってるの、ウチの長男の紅治(こうじ)。中三だ」
 「初めまして、紅治です」
 米治叔父さんに紹介された田舎少年は、箸をもったままペコリと頭を下げた。
 オレの知らない間に、二人もイトコが発生していたのか……
 「コウちゃんの隣が、俺の息子の政晶(まさあき)。中二だ」
 「いや、中二って……マー君、幾つの時の子だよ!?」
 「算数も忘れたのか? 大学入ってすぐ結婚して、二回生の時に生まれた子だよ」
 いちいちムカつくヤツだな。学生結婚なんてDQN丸出しじゃねーか。でも、マー君の嫁は浮気してなかったんだな。つか、完全にマー君の縮小コピーで嫁要素、皆無じゃね?
 「……政晶です。初めまして」
 マー君の縮小コピーは、気まずそうに小声で言った。DQN親のせいで可哀想に。
 他の奴らは、黙々と鍋をつついていた。
 マー君が肘でオレをつつきながら言った。
 「ゆうちゃん、自己紹介は?」

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