■汚屋敷の跡取り-22.有言実行(2015年03月21日UP)
返事も待たず、ずかずか入ってきた。
「いや、コラ! 入って来んな!」
「あーハイハイ。それ付けたら行くから」
「は? いや……それ? 行く?」
「蛍光灯、取り付けるんじゃなかったの?」
「いや、あ、あぁ、うん」
オレは蛍光灯を元に戻して、キャラ椅子から降りた。
「じゃ、行こっか」
マー君は、オレの手首を掴んで超強引に歩きだした。半ば引きずられるようにして、部屋の外に出る。
メイドさんと双羽隊長は、既に階段を降りていた。
「いや、ちょっ放せ! こいつ!」
野郎と手を繋ぐ趣味はない。
全力で振りほどこうともがくが、マー君の馬鹿力には勝てなかった。マー君はそんなオレをニヤニヤ眺めた後、急に手を放した。勢い余って本棚にぶつかるオレ。
「ッ! ッてー……いや、何しやがんだテメー!」
「放せって言うから放したのに。自主的に降りないなら、蹴り落とすけど、どうする?」
オレは無言で階段を駆け降りた。
オレ小六、マー君小二の夏休みに神社の石段のてっぺんから蹴り落とされた事を思い出し、イヤな汗が滲んでくる。
こいつヤベー。ガキの頃から全然変わってねー。
マー君は、チャラい外見の癖に有言実行の奴だった。それも、悪い意味でだ。
オレを攻撃する前に、さっきみたいにいちいち宣言して、その通りに実行するクソガキだった。
「ゆうちゃん、待って!」
真穂が居間から飛び出して来た。パーカーらしき物をオレの鼻先に突き出す。
「これ着て! フード被ってから、外に出て!」
「は? いや、何言ってんのお前?」
「ゆうちゃん、そのアタマ、気に入ったの?」
マー君がニヤニヤ笑いながらオレの顔を覗き込んできた。
青っぽい瞳に明らかに侮蔑の色が浮かんでいる。
「ゆうちゃん、もしかしてまだ鏡見てない? いや、でも、トイレは行ったよな?」
「ダメだから! それ、絶対! ダメだから!」
真穂がキーキーうるさい。
トイレも洗面所も行ったが、考え事してたから、いちいち鏡なんて気にしてなかった。
マー君は、ニヤニヤしながらオレの手首を掴んだ。問答無用で引きずられるオレ。
自分で歩けるっつーの!
引きずられていった先は、洗面所だった。
鏡には、オレより頭ひとつ分、背が高い外人風のイケメンと、昔のアニメに出てくるロボ超人みたいな頭になったオレが映っている。
一瞬で血の気が引いた。
次の瞬間、昨日のあいつらの反応を思い出し、血が逆流して耳まで真っ赤になる。
マー君がオレを放置して解説を始めた。
「ロボ超人のヘルメットに、モミアゲを足したらこんな感じ」
「えー、何それ? わかんない」
「俺達が小学生の時、流行ってた漫画に、こんな頭のキャラが居たんだ。あれそっくり」
「えー、そんなの生まれる前だもん。知ってる訳ないじゃん」
ゆとりのバカ女め。あんな歴史的大ヒット作も知らんのか。
「でも、そのロボ……何とかの真似してる痛い人だと思われたら、もっとイヤ……さっさとこれ着てフードで隠してよ」
……殺す。あのKY三枝、絶対、ブッ殺してやる。
真穂に押し付けられたパーカーを着て、フードを目深く被り、紐を限界まで絞ってから結んだ。フードの隙間から目だけを出す。やや視界は狭まるが、歩けない程ではない。
オレの両手首をマー君が掴んだ。
また引きずられるのか?
マー君は、オレの両手首を胸の高さに持ちあげ、片手でまとめると、もう一方の手でタオルを取り、オレの手首の上に被せた。
「容疑者っぽくない?」
「っぽい! 凄いそれっぽい! 容疑者護送!」
「ッんだとオラ! 調子乗んな! 殺す! お前ら絶対コロス!」
温厚なオレだが、もう限界だった。
「あーハイハイ。冗談の通じない奴だな。行くぞ」
マー君はタオルを取って真穂に渡すと、オレの右手首を掴んで廊下に引っ張り出した。そのまま玄関に向かう。
「いや、はっ放せ! コラ! オレはどこにも行かねえ!」
「街の美容院でちゃんとして貰うんだよ。もう予約してあるから」
磨かれた廊下はツルツル滑り、オレはマー君に引きずられるままに、玄関まで連れて来られてしまった。
美容院? 男のオレが? おばはんに混じって、この頭晒すとか、何の罰ゲームだよ!
「早くつっかけ履いて。イヤならお姫様だっこで車まで運ぶけど、いい?」
オレは仕方なく、ババアのつっかけに足をねじ込んだ。
そもそもオレの靴、どこだよ。
「いや、何でいちいち、ババアのつっかけなんだよ。オレのは?」
「ないよ」
マー君がオレを外に引きずりながら答えた。
庭には、もう近所のジジババは居なかった。
オレが徹夜で築き上げたゴミ山があった場所には、灰が詰まった透明ゴミ袋を満載した軽トラと、キレイに洗車されたワンボックスカーがあった。
「マサ兄ちゃん、宜しくお願いします」
「おう。任せとけ」
賢治が、軽トラの荷台にブルーシートを掛けながら声を掛けてきた。
「はい、乗って」
マー君がワンボックスカーの後部座席の扉を開けた。オレは背中を押され、無理やり乗せられてしまった。誘拐ってこういう状態なんだろうな。
「シートベルト締めて」
「は? シートベルト?」
後ろの席にそんなもんねーだろ。……あった。これ?
「あぁもう、俺がするからいいよ。もう! 反則切符切られるの、俺なんだからな」
マー君はシートベルトをひったくり、慣れた手つきでオレを拘束した。
助手席に真穂、運転席にマー君が乗り込み、エンジンをスタートさせた。
シートを掛け終わった賢治が、軽トラの運転席に乗り込む。
あいつ、いつの間に免許取ったんだ? 長男のオレを差し置いて……
軽トラの先導で、ワンボックスが農道に出た。
「ケンちゃんは、歌道山町(うどうやまちょう)のクリーンセンターに直接搬入。俺達は矢田山(やだやま)のジャヌコに行く。ゆうちゃん、散髪の後で靴買ったげるから、それまでは祖母ちゃんので我慢して。
真穂ちゃんはその間、買い出し。で、フードコートでケンちゃんも合流。そこで昼飯。他に買う物がなければ、それで戻ってくる。ゆうちゃん、靴の他に何か要る?」
景色がどんどん流れて家が遠ざかって行く。
マー君が勝手な予定をベラベラ喋っている。
別に散髪なんかしなくても、また髪が伸びるまで外に出なきゃいいんだ。何、勝手な事してんだよ。年下の癖に。別にどこにも行かないから、靴とかいらねーし。
「ゆうちゃん、聞いてる?」
走行中の車から飛び降りる訳には行かないので、寝たフリでやり過ごす事にした。
「マサ兄ちゃん、ゆうちゃんね、夕べ徹夜で掃除してたみたい」
「え? そうなの? へー。本格的にヤル気出したんだなぁ。偉いな」
「疲れてるだろうし、着くまで寝かしといたげようよ」
「そうだな」
騙されてやがる。オレに騙されてる事も知らない二人の上から目線が滑稽だった。