■汚屋敷の跡取り-61.奴隷(2015年03月21日UP)
オヤジはオフクロを毎日殴っていた。
オフクロはそれでも何とか、掃除や片付けを続け、料理も洗濯もしていた。今ならオフクロがオヤジに文句を言っていた理由も、オヤジがどれだけクズなのかもわかる。
オレは、オフクロを殴るオヤジが大嫌いで、子供の頃からなるべく喋らないようにしていた。避けていた。
なのに、オレはいつの間にか、このオヤジそっくりに育ってしまっていた。
オヤジの発言は、一週間前のオレの頭の中身そのものだ。
散らかすだけで家事を一切せず、家事する者を見下して感謝しないどころか、奴隷扱い。
鏡を見ているようで、胃が痛くなってきた。
「トヨ、お前さん、あの時、嫁が間男と逐電しよったって大騒ぎしたげ、あれは真っ赤な嘘かいや?」
隣保長・大山(おおやま)の爺さんが、身を乗り出すようにして聞いた。
「今、言った通りだ」
「あんたら、夫婦仲悪くて有名じゃったげ、さもありなんて信じたが、ありゃ嘘かいな」
区長の九斗山(くどやま)長老が、目をしょぼしょぼさせながら言った。住職は、数珠を揉みながら口の中で念仏を唱えている。
「大それた事しでかしといて、ようもまぁ、そんな事が言えたもんだな」
消防団長・大笹(おおささ)のおっさんが呆れている。
和田山(わだやま)巡査は黙ってオヤジを睨んでいた。
ババア以外の身内は、固い表情でオヤジを見詰め、ババアは椅子の上で泣き崩れていた。
「山端耕作に質問します。何故、晴海の死を警察に届けなかったのですか。理由を偽りなく言いなさい」
「山端の跡取りが人殺しなんぞ、外聞悪いげな。人に知れんように隠した」
ムネノリ君は、オヤジにも同じ質問をした。
「家の中の面倒事は、家長が片を付けるもんだげな。俺は埋めるのを手伝っただけで、どうするか決めたのは、家長だ」
責任丸投げキタコレ。
……オレだよ、オレもだよ。オレがそうだよ!
本格的に胃が痛くなってきた。
「山端米子(やまばたよねこ)に質問します。山端豊一の妻・晴海の行方不明について知っている事があれば、包み隠さず事実のみを言いなさい」
ババアも二人同様、ムネノリ君に魔法で回答を強制された。ゆっくりと顔を上げて、震える声で答える。
「存じません。豊一に『嫁は浮気相手と駆け落ちした』と聞かされておりました」
「あの頃、同居しとったもんは、耕作夫婦と長男夫婦と孫のゆうちゃんだったかい」
隣保長がジジイとオヤジ、ババアとオレを一人一人確認するように見て、言った。
オレとババアは無言で頷いた。米治叔父さんが口頭で答える。
「そうです。その通りです。俺は分家に養子に出ていて、姉の瑞穂(みずほ)は帝都に嫁いでいました」
……あぁ、そうか、証拠、残さなきゃ。
録音……喋らなきゃいけないんだ。
「ゆうちゃんは小さかったげ、ともかく、婆様にも内緒じゃあ? 何ぞいや?」
「オンナは口が軽いげ、アテんならん」
隣保長の質問にジジイが短く答えた。
「先日、二二一三年十二月三十日に、この家の床下から、白骨化した遺体が発見されました。現在、警察が身元の確認を急いでいます。
山端耕作、山端豊一に質問します。どのようにして罪を償いますか。必ず果たすと約束はできますか。本心を包み隠さず答えなさい」
「三十年も前じゃげ、そんな大昔の事を今頃ほじくり返して何になる。嫁の実家ももう忘れとるげ、放っとけばええ」
「とっくに時効になっとるげ、俺は無実だ。償いも何もあるかよ」
ジジイは眉間に皺を寄せて苦しげに言い、オヤジはせせら笑った。