■汚屋敷の跡取り-09.ゴミ屋敷住人(2015年03月21日UP)

 「いやいやいやいや、何言ってんだよ。それは違うだろ。家長のジジイは今、留守だし、そもそも、そんな許可出す訳ねーだろ」
 「おじいちゃん達がガラクタもゴミも捨てさせてくれないから、ゴミ屋敷になってるんじゃない! おばあちゃんが大怪我したのに、まだわかんないの!?」
 真穂がキンキン声で喚き散らす。
 女のヒスは本当に見苦しくてイライラする。
 「いやいやいやいや、それは違うだろ。家にある物は全部財産だ。勝手に捨てんなよ! 家長のジジイか、ジジイが留守の時はオヤジか、跡取りのオレの許可を取れよ。常識的に考えてそのくらい分かれよ! 低能共が!」
 「虫食いでボロボロでもう着られない服とか腐ったりカビたりした食べ物とか私が生まれる前に賞味期限が切れて腐食してる缶詰とかお父さんが生まれる前からの古新聞とかそう言うのもウチの財産なワケ? 割れた食器も押入れの中で腐ってグズグズの布団や座布団もムカデやネズミやゴキブリの死骸もゆうちゃんの財産なの? 他にもいっぱいギュウギュウに押し込まれてる邪魔なだけでどうしようもない物に一体どんな価値があるの? ねぇ?」
 真穂の肺活量パネェ……。
 息継ぎなしで言い切ったぞ。おい。
 「えっと……ゆうちゃんが、お掃除の仕方わかんないなら、クロエを付けるよ。教えて貰いながらだったら、ゆうちゃんでもお掃除できるよね?」
 ムネノリ君が……また、斜め上な発言をかましてくれやがりましたよ。喋んなっつってんだろ。ロリ声が。大人の会話に口出しすんな!
 「……いいや〜それは違うだろう。オレはね、掃除の仕方がわからないんじゃないの。さっきも言ったけど、掃除みたいな低級な雑用は、女にやらせればいいんだよ。跡取りのオレはそんな事しないし、する必要もないの。わかる? それに今、そんな話してないよね?」
 ひとつ深呼吸して、なるべく優しく言って聞かせてやった。
 オレは「優一」の名の通り優しいから、色々と可哀想な子を怒鳴りつけたりはしない。
 視界の端で外人女が眉間にシワを寄せているが、気にしない。
 「うわー……引くわー。テレビでやってたゴミ屋敷住人と役所の遣り取りまんまじゃん」
 藍が大男の後ろから顔だけ見せて言った。オレもその番組は動画サイトで視聴した。オレはあんなキ印じゃない。
 「オレをあんなのと一緒にするな、みたいな顔してるけど、頭の具合が良くない人は、自分で病識がないからねー。ゆうちゃん、年が明けたら頭の病院で診てもらいなよ」
 大男の陰に隠れて、藍が言いたい放題言っている。
 「いや、黙れよブス。今はお前と喋ってねーだろ」
 「この状態をおかしいと思わない時点で、何かしら精神的な問題を抱えてると思うよ。普通の人はゴミに埋もれて生活してないし、虫の死骸や腐敗した物を部屋の中に放置したりもしないんだよ」
 ツネちゃんが、可哀想な物を見るような目でオレを見る。
 クソッ。後でテメーを可哀想な目に遭わせてやる。泣いて小便漏らしても蔵から出してやらん。覚悟しやがれ。
 「ゆうちゃん、いつからお風呂に入ってない? いつから散髪してない? 歯磨きは? 体は何ともないのに、そう言う当たり前の事すらできなくなってて、辛くないの?」
 「いや、別に何ともねーよ。うっせーな!」
 畳みかけるツネちゃんを、一喝して黙らせる。
 誰もが口を閉ざした庭を冬の風が吹き抜けた。
 バカバカしい。部屋に帰ろう。
 「じゃあ、質問を変えよう。今、体はどんな感じ?」
 「は? いや、別に何ともねーよ」
 「丸洗いされる前と後で、何か変化はなかった?」
 「は? いや、別に。髪ぶった斬られた分、頭が軽くなって首がスースーするだけだ」
 ツネちゃんのしつこい質問にいちいち答えてやるのも、もううんざりだ。
 「さっきは震えてたけど、丸洗いされてからはどう?」
 「は? いや、別に。寒くねーのは、お湯であったまったからだろ。つーか、あのお湯! 何なんだよ! 一体!?」
 って言うか、丸洗いって何だ!? 洗車か!?
 「体と服の汚れが取れて、本来の体温調節と保温の機能を果たすようになったから、寒くないんだよ」
 「いや、オレそんな事聞いてねーし。ツネちゃん、オレの質問に答えろよ」
 「洗浄の魔法です。水から一切の不純物を取り除き、加熱して汚れを溶かしこむ魔法です。人体に使用する場合、通常は肌荒れを防ぐ為、塩やハーブ等を先に溶かしこみ、水の純度を下げてから実行します」
 外人女が淡々と説明する。
 「はあ? いや、まほーって……」
 「ムルティフローラ王国は、魔法文明圏の国だから、宗教(むねのり)と彼らは魔法使いなんだよ」
 「まほうひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」
 マジで笑いが止まらねー。
 ムネノリ君、魔法使いなのかー。そっかー。三十路過ぎて声変わりもまだだし、そりゃDTだよな。魔法のひとつやふたつ、よゆーで使えるよねー。
 「なに笑ってんだよ。今、身を以て体験しただろうが」
 賢治がゴミ袋をゴミ山に追加しながら、吐き捨てるように言い放った。真穂と藍もマスクをして袋詰め作業に戻っている。
 まぁ、確かに水の塊は、物理的にあり得ない動きをした。
 未開人め。ネットもねーくせに。
 「あのね、魔法文明圏の国では所謂、霊感があるのが普通で、ない人は殆どいないの。それでね、視えない人は、物質と霊質の内の半分しか視力が働かないから『半視力(はんしりょく)』って呼ばれて、保護の対象なの」
 スゲー。未開の国じゃ、頭お花畑な電波がデフォなのかよ。オレはロリ声の説明に背筋が寒くなった。
 「半視力の人の保護用に『一時的に両眼を開く』魔法があるんだけど、ゆうちゃん、このお家の状態、ちゃんと視てみる? そしたら、大掃除で叔母さんがみつか……」
 「いやいやいやいや、いらねーし。その魔法が一時的に霊感を付与する術かどうか、オレには確認のしようがないだろ。幻覚の魔法掛けて『ほーら☆おうちにはオバケがいっぱい☆』とかやられたら、たまったもんじゃねーっつーの」
 これ以上付き合っていられないので、玄関に向かって歩き出す。今度は誰も何も言わず、水の塊に妨害される事もなく、すんなり家に入る事ができた。
 論破成功。
 何もない玄関を抜け、磨き上げられた廊下を通り、本やガラクタが各段に積み上がった埃っぽい階段を上り、自室に戻った。

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