■汚屋敷の跡取り-47.決壊(2015年03月21日UP)

 剣の柄だ。
 鍔を胸に当て、剣を引き抜くような動作をすると、白く輝く光の刀身が現れた。まるで、隊長が剣の鞘のようだった。
 女騎士は、叔父さんの背後を通って、オレの横に立った。
 思わず首を竦めるオレ。首チョンパですか? 
 隊長は、オレの後ろの障子を開け、廊下に出た。
 「殿下は、王族の中でも特に強い魔力をお持ちで、我々の力は全く比較にもなりません」
 だったら、オマエら護衛なんか要らないんじゃね?
 隊長は、雨戸も開けた。外の風が卓上コンロの炎を揺らす。
 部屋の灯に照らされた庭は、雪が積もって真っ白だった。
 うどんを食べ終わった真穂が、下座の卓上コンロの火を消した。賢治が笊に残った野菜を上座の土鍋に全部入れた。
 ツネちゃんが座敷に戻ってきた。
 「ツネちゃん、すまんな。ノリ君の様子は……」
 「叔父さんのせいじゃありませんから……泣き疲れて、三枝(さえぐさ)さんが寝かしつけてくれました。多分、もう大丈夫です。ご心配お掛けしてすみません」
 神妙な顔のツネちゃんの答えがツボに入り、オレは思わず噴き出した。緊張感に耐えられなくなっていたのもある。笑ってはいけない、葬式で坊さんが屁をこいたとか、ああ言うノリ。
 一度決壊した笑いは留まる所を知らず、座敷にはオレの爆笑が響き渡った。
 「笑い事じゃないんだけど……」
 「いや……フヒヒッだっだって、デュフフねっ寝かしつけって、ぶひゃひゃひゃひゃ……」
 「宗教(むねのり)は、消化器系が未発達で乳幼児と同じ形のままなんだ」
 ツネちゃんが深刻な顔で説明を始めた。
 声だけじゃなくて胃腸も赤ん坊並とか、超ウケるんですけど。
 「乳幼児の胃って縦型で食べ物を貯め難いから、ちょっとした刺激ですぐ吐いてしまう。小さい子が泣き過ぎて吐いて、嘔吐物で窒息死って、よくある事故なんだよ」
 「いや……デヒャヒャヒャヒャ……み、三十路でそれはフヘヘねーってフヒャヒャ……」
 叔父さんが食卓を拳で叩いた。
 外まで響き渡る音でオレは笑いが止まった。
 「優一! お前は人の話もまともに聞けないのか! ……大人でも、病人や高齢者、酩酊者が嘔吐物で窒息死するのは、ままある事だ。お前、ヘタしたら人殺しだったんだぞ?」
 「二人は宗教が子供の頃、護衛に任命されて、教育係も兼ねてる。三枝さんには、宗教(むねのり)と同じように、心臓に障碍がある息子さんが居たんだけど……その子は、護衛の辞令が出る直前に亡くなったんだそうだ。私達と同い年だったんだけどな……」
 ツネちゃんが、しんみりした声で説明した。
 取敢えず突っ込むオレ。
 「いや、計算合わねーだろ。二人とも、どう見ても二十代……」
 「二人はゆっくり年を取る人種だから、見た目よりもずっと高齢なんだ」
 魔法文明圏の人口の約三割は、何百年も生きる化け物級の長命人種(ちょうめいじんしゅ)だ。だから、魔法の国や両輪の国で統計を取っても、平均寿命の項目は参考にならない。
 後出しの言い訳しまくりだな。で、それがホントならこの女騎士、超絶若造りのババアって事かよ? 成程な。だからか。あのプレッシャーは、年の甲なんだ。
 「それで三枝さんは、宗教を我が子同然に思ってくれてる。……大体、ゆうちゃんが暴言吐いて傷つけた癖に、何、笑ってるんだよ!」
 珍しく怒っているツネちゃんに説明を任せ、マー君は食器を回収し始めた。
 藍が下座の土鍋を持って座敷を出た。
 逃げやがったな。
 「いや、そんなのお前らが、先にオレに暴言吐いたからだろうが。何が『傷ついた』だよ。ニートは何言われても、サンドバッグでいろってのか!?
 そもそもオレを怒らせて、あんな事言わせたお前らが悪いんじゃねーか!」
 喧嘩は先に手を出した方が悪い。だから、先にオレに対して暴言吐いたこいつらが、全面的に悪い。
 オレだってあんな事、心臓の弱いムネノリ君に言いたくなかったさ。だが、名前の通り優しい優一様へのお前らの態度が悪いから、敢えて言わざるを得なかった。
 オレの事情を無視して、学歴自慢しやがったお前らが悪いんだ。お前らがオレを怒らせたのが悪い。
 オレは魔女のババアの言い訳には騙されない。税金から給料貰う連中は、休日なしの二十四時間勤務でない限り、国民から金巻き上げて私腹を肥やす税金泥棒だ。オレらが血税で養ってやってるのに、楽して得するなんて、絶対に許される訳ねーだろ。
 隙のない完璧な正論。
 このオレを論破できるならやってみろよ。

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