■汚屋敷の跡取り-44.宣言(2015年03月21日UP)

 「いや…………えー……優一です」
 取敢えず名前だけ言っておいた。つか、みんなもう知ってるし、わざわざ言わなくてもいいだろ。案の定、誰も何も言わず、飯を食いながらうんうん、と頷くだけだ。
 オレがニートだからコメントのしようがないんだろ? 気まずいんだろ? オレだってわかってるよ。だから来たくなかったんだよ!
 「ゆうちゃん、元気にしてたか?」
 叔父さんが、オレと目を会わせないように鍋をつつきつつ、気まずい空気を打破するかのように、努めて明るい声で聞いてきた。
 ……そらきた。
 オレは無言で頷いた。
 分家の嫁が、ご飯のおかわりをよそって、紅治(こうじ)に渡した。
 「元日におばあちゃんが退院してくるけど、まだ完治してないから、ゆうちゃんがしっかり看病してやるんだぞ」
 「えっ? いや、賢治と真穂は?」
 「俺はもう家を出て大学行ってるし、大掃除終わったら、すぐ戻ってバイトに出るから」
 「私も、大掃除終わったら、家を出るから」
 「はあ? いや、いやいやいやいや、お前ら、何言ってんの?」
 二人とも家を出る? このオレがババアの介護? 
 何でだよ? 何、勝手に決めてんだよ? 
 オヤジ達……息子をすっ飛ばして、何で孫のオレが介護なんだよ? こう言うのは普通、実の娘か息子の嫁がするもんだろう?
 たくさんの疑問が同時に次々と浮かんでくる。
 何から聞けばいいのか分からなくなったオレは、箸を持ったまま硬直した。
 賢治が更に爆弾発言をした。
 「今から言う事、記録するぞ。……二二一三年十二月二十九日、山端賢治と真穂は、もうこれ以上、ゴミ屋敷の住人とは付き合い切れない為、ゴミと一緒に実家も捨てます。大掃除完了後は、今後一切、山端の本家とは縁を切ります」
 「私、山端真穂は、このまま家に居たら、高校卒業と同時に、畷(なわて)家の長男と結婚させられてしまいます。祖父が勝手に縁談を決めて、畷家は完全にその気です。私は、自分の父親より年上の男性との結婚なんて、絶対に嫌です。好きでもない人との結婚は、絶対にしません。役所には、婚姻届不受理届を提出済みです。引っ越し先も既に決まっています。歌道山町(うどうやまちょう)には、もう二度と、絶対に、戻ってきません」
 畷の長男? 農協の隣の、あの家?
 あのおっさん? オヤジより年上って……還暦超えのジジイが、十八の真穂と結婚? ジジイ、とうとう呆けたのか? 
 「いや、でも、そんなの、普通に断ったらいいだろ」
 「お祖父ちゃんもお父さんも、向こうの家の人達もみんな超乗り気で、嫌がってるのは私一人なの! ここに住んでたら、何されるかわかんないの! だから卒業前に出て行くの! 頼むから邪魔しないで!」
 真穂は、バンッと食卓を叩いて、オレを睨みつけた。空になった茶碗が跳ねた。いちいちヒスるなよ。うるせーな。
 確かに、畷家もそれなりの地主で、山端の長女を嫁に取るのは、アリだろう。
 大昔ならな。
 二二一三年ももう暮れだぞ? 今時、還暦超えたジジイが、家の存続の為に若い嫁を取るとか、時代錯誤もいいとこだ。
 若い内に嫁を取れず、跡取りが生まれなかった家は、潔く絶えるか、養子を取るかの二択だろ。常識的に考えて。
 「いや、お前、家出て、それで、どうやって生活すんだよ?」
 「都会の大学に進学するの。お母さんに書類書いて貰って奨学金受けて、バイトもして自分で生活するの。それで、そのまま都会で就職するの」
 「いや、お前なんかに大学は無理だって。身の程を知って、身の丈に合った目標建てろよ。どこ受けてもどうせ落ちる。就活も、お前みたいな田舎娘が都会で雇われる訳な……」
 「ゆうちゃんと一緒にしないで! 私は命懸ってるの!」
 真穂の声は、双羽(ふたば)隊長とは全く異質の重みと鋭さを以てオレの胸を抉った。
 「ゆうちゃん、そんな無神経な事言って、真穂ちゃんの神経逆撫でするんなら、俺達も今から、ゆうちゃんに気を遣うの、やめるからな」
 マー君が取り皿を山盛りにしながら、オレの方を見もせずに言った。
 今までオレに気を遣ってたって?
 嘘吐きめ。散々オレを見下して馬鹿にしてた癖に。
 「まず俺から。商都(しょうと)大学の経営学部在学中、経済(つねずみ)の発明品で特許取って起業。卒業後もぼちぼち会社経営を続けてる。はい次、経済(つねずみ)な」
 「都立高専を卒業して、三回生から古都(こと)大学に編入して、院で機械理工学を専攻して、卒業後は政治(まさはる)の会社で技術部長してるよ」
 マー君に促されて、ツネちゃんも簡潔に略歴を語った。
 愕然とした。
 二人とも国立大卒……しかも古都大って「東の帝大、西の古都」って言われるあの古都大学かよ。しかも工学部の院卒……発明品で特許……?
 「いや、いやいや、どうせ学生ベンチャーなんか、どれも中小ブラックで、万年赤字じゃないか。大学も特許も、オレを凹ます為に話盛ってるだけじゃん」
 「確かに、俺と経済(つねずみ)入れても七人の小さな会社だ。ちゃんとした技術者は経済(つねずみ)だけだし、今の所、生産も人手も不足分は外注で賄ってる。会社を大きくし過ぎても動き難いから、人増やしたり規模を大きくする気はない。ここ数年の年商は毎年、百十六億くらい。そんなに儲かってはないけど、とんとんで、赤字もないぞ」
 マー君がだらだら負け惜しみを展開した。ホラみろ。やっぱ中小ブラックじゃねーか。
 オレは鼻で笑ってやった。
 「宗教(むねのり)も言ってやれ」
 「えっ? 僕も? えっと、あのね、僕……」
 マー君に言われて、ムネノリ君がおずおずと口を開いた。とろくせー喋りにイラッときたので、先回りしてやる事にした。
 「いや、言わなくてもわかる。障碍年金でニートだろ」
 「宗教(むねのり)はちゃんと働いてる。ほら、宗教、教えてやれ」

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