■黒い白百合 (くろいしらゆり)-63.理解不能(2016年06月19日UP)

 「(ちゃ)(ちゃ)う。黒井小百合さん入れて七人や」
 「小百合は死なへんで?」
 嵐山課長は、わざとらしく溜め息をついてみせた。
 「別人の身体に魂入れて、元の身体は殺すねやろ? そしたら、それからずっと、入れ替え先の身体で、別人として生きて行くんやろ? 魂はこの世に居っても、社会的には死んだんと一緒やん」
 「別にえぇやん。俺のヨメやて、俺がわかってんねやし」
 「家族にも親戚にも友達にも、誰にも事情言えんと、あんたしか知らんて、他の人らにはおらんようなったんと一緒やん。そんなん、死んでんのと変わらんやろ?」
 新月は、女性刑事の説明について理解することを諦めたのか、さも当然のような口ぶりで、別方向から持論を展開した。
 「女はみんな、キレイなれたら、喜ぶもんやん」
 「喜ばん。それは喜ばん」
 鬼女紅葉こと嵐山課長が、激しく首を横に振った。
 新月は、何を贅沢な、と言いたげな顔で不快感を隠そうともせず、女性刑事に反論する。
 「は? 何でぇな。俺がこんだけ金掛けて手間暇かけて、タダで美人にしてやんのに」

 ……何だろう? この言葉が通じないイキモノは……?

 三千院には、新月が人間とは似て非なる別種の生物に思えた。
 これまで、新月の周囲に居たのは半視力の人々だった。視えている世界が根本的に異なる。その為、新月は、物事の認識が「普通の人」とはズレていることを「見鬼」の霊視力のせいだと思っていた。
 だが、新月は今、同じ見鬼でありながら、鬼女紅葉の言葉が全く理解できないでいる。
 同じ言語を使い、同じ事件について語りながら、全く別のところを見ている。
 三千院は、呪条で一時的に繋げた魔物の意識を思い出した。あの魔物たちは、この物質界と冥界の間に存在する幽界の生物だ。属する世界すら異なるにも関わらず、三千院には、新月よりも魔物の心情の方が理解できた。
 嵐山課長も、そう思ったからこそ先程、異界の住民の安否を案じていたのだ。

 鬼女紅葉こと嵐山課長が、噛んで含めるように言って聞かせる。
 「まともな人間やったら、六人も七人も人殺して奪い取った他人の身体なんか、タダでも要らんねんで」
 新月が首を傾げ、同性の三千院を見る。
 三千院は困惑し、調書を作る河原と鬼女紅葉に視線で助けを求めた。
 嵐山課長は眉間に皺を寄せ、ひとつ溜息を吐いて「普通の女性の感覚」を説明する。
 「しかもそれ、『お前ブスやから、俺好みの顔に整形して、元の身体はブスやから、廃棄(ほか)したった』言うてんのと一緒やで? わかってる?」
 新月は、何を当たり前のことを言うのか、と言いたげに反論した。
 「それがどなしてん。元の身体は、クズなおっさんに轢かれてボロボロなってもてんから、普通、新品に替えたい思うやんか」

 ……いや、思っても「普通」は実行しないけどな。

 「クズは五体満足のまんま、ム所でぬくぬくと過ごすのに、小百合はまだ若いし、何も悪いことしてへんのにボロボロの身体にされて、この先ずーっと、要らん苦労させられるんやで? 可哀想や思わんのか?」
 新月は、この女刑事では自分の論理的な説明を理解できないと思ったのか、今度は泣き落としに出た。
 嵐山課長は、お涙頂戴の猿芝居をあっさり突っぱねる。
 「可哀想や思うけど、黒井さんは、あんたに『犯人殺して欲しい』て言いはったんか?」
 「いいや? せやけど、そんなん、普通、憎いし、死ね思うやろ」

 ……いや、思っても「普通」は、殺さないけどな。

 三千院は、ツッコミを入れる気力すら失い、黙って見守った。

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