■黒い白百合 (くろいしらゆり)-53.戦う人質(2016年06月19日UP)
三千院は、あと一言、結びの言葉の直前で詠唱を止め、部屋に入った。後を追うように鴨川の呪条が続く。
【消魔】の術は、その場の魔法の内、術者か呪符の魔力より弱い術に作用する。未使用の水晶の方が、呪符より魔力が強い。複数の術のどれを打ち消すか、三千院の錬度では指定できない。最悪の場合、自分が持つ【魔除け】が失効するか、呪条の命令を解除してしまう惧れがある。
先程、柴田に【消魔符】を貼り付けると、中の魔物が暴れた。
備東と神楽岡が、刺股を取り合っている。中大路が加勢するが、びくともしない。刑事と睨みあう備東の足を、嵐山の呪条が這い上がる。
新月が力ある言葉を詠じる。
単純な命令ではなく、三千院にも聞き覚えのある呪文だ。記憶を手繰る。
……えーっと……
「逃がすかッ……!」
水晶を握った拳を叩きこみ、新月と同時に結びの言葉を唱えた。
水晶の魔力が解放され、解呪の網が広がる。【消魔】の網に絡め取られ、新月の【跳躍】が掻き消える。敗者の手の中で、水晶が砕け散った。
普家の術が完成し、火柱が上がる。
橘が備東の背に【吸魔符】を貼り、炎から逃れた。燃え移った片袖をもう一方の手で叩き、鎮火する。
「サンちゃん! こっち!」
嵐山が叫ぶ。新月の腕を捉えていた三千院は、躊躇した。
「代わるわ!」
「このッ! 放せッ!
河原が、逃れようと暴れる新月を取り押さえる。飯田が河原に掴みかかり、新月から引き剥がす。
鴨川の呪条が這い上がり、飯田を縛り上げた。
「えぇから、
普家を拘束した嵐山が再び叫ぶ。普家は再び、同じ呪文の詠唱を始めていた。
三千院は火柱を避け、膠着状態の備東、神楽岡らの脇を抜け、部屋の入口に戻った。
嵐山が無言で呪条を押し付け、送還布を広げながら部屋に入る。呪条を伝い、三千院にこの世界への憎悪が流入する。
新月が力ある言葉で叫ぶ。
備東が刺股を放し、嵐山に襲いかかる。神楽岡が飛び付き、備東とともに倒れ込んだ。そのまま床に押さえつけ、制圧を図る。
備東は神楽岡の体重を意に介さず、立ち上がった。
嵐山は二人を横目で見ながら呪文を唱え、普家に近付いた。
「来るなッ! 来るなッ! クソッ!」
新月が後退りながら、焼け焦げた本を投げる。嵐山は腕で顔を庇い、呪文を唱え続けた。