■黒い白百合 (くろいしらゆり)-36.板の文字(2016年06月19日UP)

 科捜研から、粘土板の写真が回って来た。
 「ウチじゃわからんから、解読よろしゅう。撮ったし、もう、分析掛けてもえぇな」
 三千院は粘土板の写真を見た。全部で二十四枚。現場の土は取り除かれ、表面に刻まれた文字は、判読できる。
 なるべく形を崩さずに分析するよう、依頼する。

 三千院は念の為、現物を視せてもらうことにした。
 科捜研の捜査官が、気味悪げに見守る。
 嫌な気配はなく、雑妖や使い魔は、憑いていない。これ自体は単なる道具で中立の存在なのだろう。
 「何も憑いてません。大丈夫です」
 「これ、割ったら、俺らが呪われるとか、ないやんな?」

 呪いの藁人形などは、呪具その物に念を籠める。
 霊的な処理を経ず、解体や焼却を行った場合、邪念が思いも拠らぬ処へ飛び火することがある。
 呪詛を掛けた本人に返ることが多いが、呪具を解体・焼却した場所や人、釘で固定した場所、術者へ返る途中で偶然行き遭った者……など、制御を失った強い想念が、無差別に災厄を振り撒く。
 この粘土板は、魔法陣の一部で、特に怨念などを籠める類の物ではない。

 「大丈夫です。これはそう言う術じゃありませんから」
 三千院のあっさりした説明に、捜査官達は互いに顔を見合わせた。
 魔道犯罪対策課に戻り、写真の文字を読む。
 伏見教授の資料通りの呪文だった。
 粘土板に刻まれた「力ある言葉」を球根の周囲の配置で、東南西北の順に訳すと、それぞれ次のようになる。

 「霊結(たまむす)び 日を追い移す 心身(こころみ)よ」
 「闇に()む 霊染(たまそ)め移す 花開け」
 「(にえ)の血よ 身を澪標(みおつくし) 流れ()よ」
 「渦の(みお) 伝い集いて 成代(なりか)われ」

 資料によると、渦の中心で唱える呪文は、別にあった。

 自然言語ではなく、数千年前に開発された魔力を制御する為の言語。それが「力ある言葉」だ。
 力ある言葉で組み上げた呪文は、魔力が顕現する効果や、範囲を限定する為の制御コードだ。例えば、癒しの術であっても、魔力が正しく制御されていなければ、細胞が無制限に増殖し、生き物の姿を保てなくなってしまう。
 言葉の組み合わせ……術式によって、文字を書くか、発声することで効力を発揮する。
 文字と発声の組み合わせで発動する術は、文字が正しく書かれていれば、発音が多少外れていても、認証される。【魔除け】などの呪符は、持っているだけでは効果がないものが多い。呪符に書かれた呪文を唱えることで、呪符に籠められた魔力を消費し、効力を発揮する。
 日之本語や共通語など、よく耳にする自然言語にはない発音も多い。これを間違えず、正確に発音しなければならない。

 三千院は、大学時代の講義を思い出し、発音の難解さにうんざりした。
 犯人は少なくとも、渦の中心で唱える呪文を正確に発音できる人物だ。

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