■黒い白百合 (くろいしらゆり)-20.実況見分(2016年06月19日UP)
三千院と大原は、江田に案内を頼み、古都大学のベンチに向かった。
大学職員が立会し、ロープを巡らせた中で捜査員が、足跡、繊維片や指紋の採取などを行っている。
大原が改めて、本人から状況を聞く。
三千院は、ベンチとその周辺に、使い魔や呪具の類が残っていないか、入念に調べる。
使い魔どころか、雑妖の類すら、一匹も見当たらない。ここは校舎と校舎の間で、日当たりが良くない。普通なら、陰を好むモノが屯(たむろ)している筈だ。
魔道学部が、魔除けを使った可能性はあるが、魔除けの呪符は、素材だけでもかなり高価だ。敷地全体に行き渡らせるとなると、費用は莫大になる。或いは誰か魔法使いが、自前の魔力で穢れを祓ったのか。
鑑識が作業を終え、ベンチから離れた。
三千院はベンチの傍らに立ち、目を凝らした。
イヤな気配が残っている。
それを残したのが何者なのかまでは、わからない。ベンチに残ったぬくもりから、座っていた人物を特定しようとするに等しい。
立ち働く人々の影は薄くなり、陰と陽の境が曖昧になる。
刑事が一人付き添い、江田を下宿に帰らせた。
大原が、数歩離れた位置から、声を掛ける。
「何ぞ、悪いモンでも居りますのんか?」
「いえ、ここにはもう居ません。気配が残っているだけです」
「何が居りましてん?」
「ちょっとそこまでは……」
単なる見鬼の霊視力では、警察犬が臭気を追跡するようにはいかない。
三千院は、文献でしか知らないが、「
強い意志を持った人間の亡霊なのか、魔物なのか。
少なくとも、力の弱い雑妖の類ではない。ここに雑妖が居ないのは、何か恐ろしいモノに怯えて、逃げたからだろう。
それは、ベンチにしばらく留まっていたのか、気配を染み付かせていた。
どこから来て、どこへ行ったのか。
三千院は無理を承知で、ベンチの周囲に意識を集中した。
肉眼では見えない「イヤな気配」に霊視力のピントを合わせる。目の奥がじくじく痛み、吐き気がするが、気配の正体を見極めようと、視線は外さない。
それは、移動経路が特定できる程、速度は遅くないようだ。ベンチから外れた位置には、何の気配も残っていなかった。
三千院は、目を閉じて大きく息を吐き、緊張を解いた。
日が落ち、鑑識が引き揚げる。
三千院と大原も、諦めて校門へ向かった。