■黒い白百合 (くろいしらゆり)-27.呪いの力(2016年06月19日UP)

 「江田さんも飯田さんも、(くく)られてたとこから離しただけでは、術が解けへんねんなぁ」
 「かと言って、亡くなってる風でもないんですよね」
 鴨川の独り言に三千院が相槌を打った。助けるとは言ったものの、解呪の条件がわからない。

 昨日、巴は「自分が見つけたせいで呪いが」と嘆いていた。霊視力を持ち、実際に「視つけた」のは巴だ。白神には、江田の中身の存在を知覚できなかった。
 気が引けたが、三千院は迷った挙句、巴の携帯電話に連絡した。
 「……あぁ、刑事さんですか。犯人、捕まったんですか?」
 思った通りの疲れた声で、心苦しい。だが、犯人逮捕に近づく為には、どうしても確認しておきたい情報でもある。
 「すみません。まだです。その件でひとつ、お尋ねしたいことがあって……今、大丈夫ですか?」
 「移動中なんで、大丈夫です」
 「移動? どちらへ?」
 「……帝都です。百合子さんの実家の方で、お葬式なので……」
 「えー……お葬式ー……? じゃあやっぱり、私って、死んじゃってるんだ?」
 巴の声は沈んでいた。
 白神百合子(しらかみゆりこ)本人の声も聞こえるが、膜一枚隔てたように、遠い。
 「巴さん昨日、呪いがっておっしゃってましたよね。何か、心当たりでも?」
 巴は、一分近く黙っていた。
 移動は新幹線らしい。車掌のアナウンスが終わると、溜め息をつき、重い口を開いた。

 巴の曽祖母は、魔法文明国の出身だ。
 曽祖母の親族の中に、曾祖母が科学文明国へ嫁ぐことを快く思わない者が居た。
 その親戚は曽祖母ではなく、夫婦の間に生まれた娘……巴の祖母に呪いを掛けた。魔力を持つ子が産まれなくなる呪いだと言う。流産するか、妊娠中に母子諸共亡くなる。また、霊視力を持つ子は長生きできない。父も四十代半ばで亡くなった。
 弟が魔力を持ちながらも、生きて生まれたのは、三つ子の兄弟で、他の二人に魔力がなかったからだろう。

 「祖母も母も、妊娠中に亡くなりました。百合子さんは……婚約しただけなのに……百合子さん、子供、いらないって……それでもいいって言ってくれたのに……何でこんなことに……」
 受話器の向こうで、巴の声が揺れ、すすり泣きに変わった。
 「巴さんのせいでも、その呪いのせいでもありません。悪意を持った人間が、故意に起こした事件です。必ず、犯人を逮捕して、白神さんの無念を晴らします。巴さんも、気を付けて下さい。大変な時にありがとうございました。では、失礼します」
 三千院は、何の慰めにもならないと知りながら、そう言う他なかった。

 「巴さん、何て?」
 「ずっと昔に、巴さんの親族間でトラブルがあったそうです。親戚の魔法使いが、巴さんの家系を呪って、お嫁さんが亡くなり易いんだそうです。それで、婚約したせいなんじゃないかって、かなり参ってました」
 「今回のあれは、犯人おるんやから、その呪いやないやろ。まだ婚約しただけで、ヨメにもなってへんのに。それにしても、恐ろしい話やなぁ。呪(のろ)って、気分的なもんやのぉて、ホンマに人殺せるんやから」
 鴨川も、三千院と同意見だった。
 「本人さんの意思を無視して、体と魂を分けてまうんやから、今回のこれも、言うたら、呪いみたいなもん(ちゃ)うの? サンちゃん、組合さん、何も言うて来(き)はらへんの?」
 「すみません。蒼い薔薇の森からは、まだ何も……」
 嵐山課長に聞かれ、三千院は恐縮した。

 三千院には魔力こそないが、少しは魔術を齧った身だ。
 それなのに、何の役にも立てないことがもどかしく、悔しい。
 考えていても仕方がない。だが、関係者や現場周辺の聞きこみなどは、他課が動いている。
 備東安美利(びとうあみり)の身体は、肉眼でも普通に見えるので、霊視力による捜査は必要ない。

 内線が鳴り、嵐山課長が出た。

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