■黒い白百合-◆02.中身だけ(2016年06月19日UP)

 「古都府警魔道犯罪対策課の三千院です」
 面倒なので「心霊捜査官」の件は訂正せず、簡潔に名乗った。
 まず、端から順に本人の身元と、行方不明者との関係を聞く。
 最初に、右の美人が緊張に強張った顔で名乗った。
 「白神百合子(しらかみゆりこ)古都(こと)大学四回生です。えっと、通りすがりの他人です。私にはこの人、視えません」
 「巴経済(ともえつねずみ)、古都大学四回生。同じく、通りすがりの赤の他人です。僕達、もう帰っていいですか?」
 「江田英美(えだえいみ)古都春菜(ことはるな)女子大二回生、本人です。私の体、知りませんか? もう十日以上見つからなくって、困ってるんです。私に気付いてくれたの、巴さんだけで、ホント困ってるんです」
 左の美人……江田英美は堰を切ったように喋り始めた。
 霊視力を持つ「見鬼(けんき)」である三千院の目には、はっきりと視える。
 向こう側がうっすら透ける事もなく、鮮明に視認できるが、存在感はあやふやだ。居ると言われて意識的に視た為、気付いたが、そうでなければ、見落としていただろう。

 「ちょっと待って下さいね。順番に確認しますから。大原さん、江田さんの声、聞こえましたか?」
 「えっ? いや? ……ホトケさん、ここに居てはるんですか?」
 三千院の言葉に、大原が会議室を見回した。巴と三千院が小さく顎を引き、江田を視る。
 大原はその視線を追い、巴と名乗った大学生の左隣が空席であることを確認すると、すぐ調書に目を戻した。
 三千院は白神に向き直り、大原から説明されたことを確認する。
 「白神さんが、江田さんの実家に、最近連絡が取れない、と電話したんですよね?」
 「はい。あの、巴君が、江田さんに番号を教えられて、友達のフリして、捜索願を出してもらおうって……」
 「私の体、早く見つけて下さい。マジ困ってるんです。バイト無断欠勤だし、出席もレポートの〆切も……」
 「江田さん、ちょっと待って下さい。順番にお伺いしますから」
 三千院が、白神の説明に声を重ねる江田を手振りで制し、眼鏡の男子大学生に質問する。
 「巴さん、いつ、どこで、江田さんに会って、伝言を頼まれたんですか?」
 巴は素っ気なく答えた。
 「一昨日、古都大学の敷地内で、です。伝言じゃなくて、実家に連絡しようって言ったの、僕です。警察や探偵じゃないんで、知らない人を探すなんて、無理ですから」
 「でも、知らない男の人からそんな電話があったら、おうちの人がびっくりするから、私が友達のフリして掛けたんです」
 白神の補足に頷きながら、大原が調書を取る。

 「江田さんは、春菜女子大ですよね? どうして古都大に居たんですか?」
 「わかりません。気が付いたら、植え込みの中に立ってました。木が当たってるのにすり抜けちゃうから、あ、私、幽霊になっちゃったんだって……でも、死んだ覚え、ないんですけど……? 死体もないし」
 三千院は改めて江田を観察しながら、江田の発言を復唱した。
 大原が、調書から顔を全く上げずに記録する。

 死亡時の記憶が欠落するのは、よくあることだ。
 自殺者が、自分が死んだことを知らずに何度も自殺を繰り返し、その場所が心霊スポットとして有名になるのも、よくある怪談話だ。
 困惑し、今にも泣き出しそうだが、江田は「活き」ていた。存在感こそ希薄だが、辺りを漂う死者のように生気を失ってはいない。
 強い思いを残した死者は、存在感こそ強く、時には霊視力を持たない「半視力(はんしりょく)」の人々にも、薄気味の悪い気配や視線を感じさせることもあるが、生気はない。
 一念を残す死者は、その想いに囚われ、他の一切を忘れ、会話も成立しないことが多い。

 「巴さん、江田さんが生きてると思ったのは、何故ですか?」
 「僕、霊能者じゃないんで、ハッキリどうって言うのは、わからないんですけど、生きてるっぽく視えませんか? 幽霊にしてはイキイキしてて、一昨日も、『イケメンに取り憑けてラッキー☆』とか言われて、物凄く迷惑なんですけど、刑事さん、引き取ってくれませんか?」
 「ちょーッ! もーッ! ヒドーイ! そんなコトまで言わなくていいじゃんッ!」
 江田が巴の肩を小突く。その手が何の抵抗もなく、突き抜けた。
 三千院は、その遣り取りをなかったことにして、質問を続ける。
 「江田さん、いつから古都大に居たか、わかりますか? 十日以上と言うのは正確には何日? 一昨日は五月二十五日ですけど」
 「よくわかりません。朝になるのを数え始めて十日くらい……もっと? ……かも? って言うか、何せ、気が付いたらあそこに立ってて、どこだかわかんなくって、どこにも行けなくて、通りかかる人、みんな知らない人ばっかだし……」

 三千院は復唱し、大原の記録を待って、次の質問を発した。
 「江田さん、巴さんに会ったのは一昨日、二十五日だそうですが、体がある時に古都大へ行った事はありますか? 知り合いは?」
 「いいえ。全っ然。私、そんなアタマ良くないですし、友達もそんな、古都大とか帝大とか、行けるようなコ居ませんし。マジ、何であんなとこ居たのか……あっ! 私を殺した犯人が、古都大の人で、あそこに死体が埋まってるのかも!」
 三千院は簡潔に要約して大原に伝え、江田の憶測は省略した。
 江田英美は、首を傾げながら、自分の状態を説明する。
 「全然おなか空かないし、立ちっぱなしでも疲れないし、眠くならないんです。あ、でも、時々寝てるっぽくって、気が付いたら、結構時間経ってることがありました。毎日じゃないんですけどね。幽霊って、毎日寝なくても大丈夫なんですね」
 「それは、いつ頃、何時間くらいですか?」
 「んー……何日だったかまでは覚えてないんですけど、二、三回……? 全部、別々の日の夜で、三十分とか一時間とか」
 「時間の感覚は、かなり正確にあるんですね?」
 「あー……違うんです。感覚じゃなくって、外のお店の時計が見えてて、それで、あー……何か、知らない間に時間経っちゃってるなー……って」
 苦笑して頭を掻く。本人も、この現実離れした状況に笑うしかないのだろう。
 江田はおそらく、まだ生きている。
 交通事故にでも遭い、身元不明のままどこかの病院に入院している可能性もある。
 「江田さんは、多分、生きてますよ。体の居場所は、まだわかりません。これから、古都大のその、居た場所に案内していただけますか?」
 三人の顔を順繰りに見る。誰からも異論は出なかった。

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