■黒い白百合 (くろいしらゆり)-58.取り調べ(2016年06月19日UP)

 午後から、嵐山課長と三千院も取り調べに加わった。
 「半視力の素人には喋りたないとか、ワガママ言うてるらしいね。魔道犯罪対策課のプロが来たったから、ちゃっちゃと喋りや」
 嵐山課長が、新月の向かいに腰を降ろした。
 三千院は嵐山の傍らに立ち、河原が隅の席で調書を取る。隣室から橘警部と中大路が、マジックミラー越しに見ていた。
 「お前ら、俺の部屋、無茶苦茶にした奴やんか。術破ったんも、ホンマにお前らなんか?」
 新月が地を這うような声で、嵐山に問う。
 嵐山は、どこ吹く風で答える。
 「あんまり警察を見くびらん方がえぇで」

 ……って言うか、火を付けて自分で無茶苦茶にした癖に、警察のせいにするなよな。

 三千院は、嵐山課長と鴨川の言いつけを守り、口には出さない。
 「お前らのせいで、俺の人生設計が狂たんか?」
 「人生設計て、なんやのね?」
 新月は口をつぐんだ。
 「若い娘さん、一人殺して六人生贄にして、どんな御大層な人生なん? 言うてみ?」
 「我々は、魔術の知識がありますから、専門的な話でもわかりますよ」
 三千院が言い添える。
 新月はしばらく俯いていたが、ゆっくり顔を上げ、嵐山と三千院を見て言った。
 「あんたら、魔法使いなんか? タダの見鬼か?」
 「家で見た通りや。……視えてへんかったら、捜査も何もでけへんねんで」
 新月は肩を震わせた。
 三千院は、新月が泣いていると思ったが、違った。口を歪め、笑いを堪えているのだ。
 「何がおもろいん?」
 「……あんたらも、苦労してるんやなぁ? 無能な半視力共が足手纏いやったから、下級妖魔相手にあんな無様なことになってもてたんやんなぁ。可哀想に」
 新月は喉の奥で笑いながら答え、隅で調書を取る河原をチラリと見た。
 「手錠掛けたんは、半視力の警部やで」
 嵐山の説明に、新月の笑いがピタリと止んだ。

 情緒不安定だなぁ……大丈夫……なのかな?

 三千院は、嵐山の顔色を伺った。嵐山は表情を変えない。
 「で、どんな人生設計やったん?」
 「どないもこないも……いっつも、半視力のゴミ共に邪魔されてばっかりで……」
 「いっつも? いっつも、何があったん?」
 嵐山が心持、声音を和らげた。
 「あんたらも、そうと(ちゃ)うんか? 何も視えてへん奴らにえぇように使われて、こっちの都合も聞かんと便利な道具扱い。その癖、礼のひとつも言いやがらんどころか、厄介者扱い」
 新月が、事務机に拳を叩きつけ、叫ぶ。河原が顔を上げた。
 「あんたらもそうやろッ? 同(おんな)じ給料で見鬼の能力の分、コキ使われてんねやろッ!」
 嵐山は、新月の目をまっすぐに見詰めた。充血し、どこを見ているのか、定かではない。一呼吸置いて質問する。
 「いっつも、誰がそんな風にしてたん?」
 「みんなや。どいつもこいつも、半視力の連中は、みんなや。身内も誰も彼も……」
 呪詛のように重々しく吐き出す。
 「ふーん。道具扱いねぇ。で、どんな人生設計やったん? 黒井小百合(くろいさゆり)さんと結婚して、どんな生活するつもりやったん?」
 女性捜査官にさらりと婚約者の名を出され、新月は一瞬、身を固くしたが、小さく吐いた息と共に言葉を吐き出した。
 「別に……普通や」

 ……道具扱いされるのが嫌だったって? 自分が江田さん達を素材扱いするのは、いいのか? 自分がされて嫌だった事を他人には平気でするなんて……だから、犯罪者なのか?

 自分の目的の為には、他者を単なる道具として利用することに、何の疑問も罪悪感も持っていない。新月が、それを当然のこととするのは、幼少の頃から自分がそう扱われてきた環境によるものなのか。生来、そういう気質なのか。それとも、両方が合わさってこんな大人になったのか。
 三千院は、新月の他者への共感性のなさに寒気がした。
 移魂の渦は「普通」の術ではない。魔法文明圏でも、邪法として使用を禁じられている。これを解呪する為に、極限られた専門書にのみ記述があるだけだ。「普通」の魔法使いは知らない。

 ……全然、フツーじゃないことしといて、「普通の生活」って、一体、どんな普通なんだ?

 三千院は、新月を無言で見詰めた。顔を強張らせ、口を閉ざしている。

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