■黒い白百合 (くろいしらゆり)-24.対面の場(2016年06月19日UP)

 所轄署の保管室は静かだった。
 検死を終えた遺体の傍で、巴が呆然としている。
 報せを受け、駆けつけた両親も、放心していた。
 嵐山課長と三千院が、会釈する。返礼したのは、白神百合子(しらかみゆりこ)本人だけだった。
 
 百合子は、巴の手を握ろうとしていた。霊体の手は、巴の肉体をすり抜けてしまうが、何とか触れようと、同じ動作を繰り返している。
 「巴君、どうして触れないの? どうなってるの、これ?」
 「……どうしてって……百合子さん……」
 巴は後の言葉が続かず、顔を歪めた。細く吐いた息が震える。
 「この度はどうも……」
 「あっ、刑事さん、私、どうしちゃったんですか?」
 声を掛けた嵐山課長に、百合子だけが反応する。
 嵐山は目を伏せた。百合子が、三千院にも同じ問いを投げる。口を開きかけた三千院を手で制し、嵐山課長が告げた。
 「白神さんは、亡くなりはったんですよ」
 「えっ? 嘘、なんで? 私も江田さんみたいに、体だけ行方不明なんですか?」
 「(ちゃ)います。白神さんの御遺体は、そこに……」
 両親と婚約者が、保管棚から出された遺体の傍で、肩を落としている。
 「えっ? 嘘、何で? 私、巴君と一緒に帰ってたのに」
 「覚えてはらへんのやったら、無理に思い出さん方が、えぇと思いますよ」
 白神百合子の父親が、一歩近づいた。
 「あなた、さっきから何なんですか。百合子は生きてますよ。こんな、顔もわからない死体なんか見せられたって、どこの誰だかもわからんのに……」
 「申し遅れました。私共は、古都府警の刑事です。私は魔道犯罪対策課の課長、嵐山と申します。こちらは部下の三千院です」
 嵐山が口調を改め、警察手帳を提示する。三千院も慌てて、課長に倣った。
 百合子が父の剣幕に驚き、巴の背後に回る。
 「刑事? 刑事が何の用なんですか」
 「そちらの、巴さんにちょっと……」
 巴の顔がこちらを向く。
 「白神さんには、お気の毒なことでした。お悔やみ申し上げます。御存知かも知れませんが、殺人事件です」
 「何だってッ? 誰が殺したんだッ!」
 百合子の父が、嵐山課長に詰め寄る。
 母親は膝から力が抜け、床に座り込んだ。巴の頬を涙が伝う。
 百合子自身は、四人をオロオロ見ていた。

 「最近、古都市内で、若い女性の失踪事件が、多発していました」
 「だから何だ? 百合子は、ずっと巴君と一緒に居る。大丈夫だ」
 「僕が離れたから……トイレなんて行かなきゃよかった……ずっと……傍に……」
 「えっと、巴君? 私、ここに居るよ?」
 百合子が、泣き崩れた巴の肩に手を添える。すり抜けた手を引き上げ、触れているかのような姿勢を保つ。
 「白神さんと巴さんは、その行方不明者の一人を発見してくれました。お蔭様で、その女性は無事、ご家族の元に戻れました」
 「あ、江田さん、元に戻ったんですか。よかった。じゃ、私も……」
 嵐山課長は、百合子の笑顔から目を逸らし、続けた。
 「白神さんは……まだ、推測の域を出ませんが、その行方不明事件の犯人に、殺害された可能性があります」
 「そんな……百合子さん……僕が見つけたせいで……こんな……まだ結婚も何もしてないのに……婚約? ……婚約したせいで呪いが……でも、そんな……」
 巴が、床を見詰めたまま呟く。
 嗚咽で途切れがちだが、はっきり「呪い」と聞こえた。
 「何だとッ? じゃあ、こんな所でグズグズしてないで、さっさと犯人を捕まえろッ! 死刑だ! 死刑ッ!」
 「お父さん、ちょっと、やめてよ」
 父が、嵐山課長の胸倉を掴む。
 百合子は父を窘め、引き離そうとするが、父に娘の姿は視えず、その手は虚しくすり抜けた。

 死後二十四時間未満。今はまだ、自身の死を認識しておらず、表情も豊かだ。
 これから、切り花が萎れるように死んでゆく。
 遺族の気持ちは、否定と肯定の間で揺れていた。理性では、百合子の死を理解している。それ故の混乱だった。

 「心中、お察し致します。現在、全力で捜査を行っております。……巴さん」
 嵐山課長が、父親の手にそっと掌を添える。百合子の父親は力なく項垂れ、手を離した。
 百合子が、放心する母親に寄り添う。
 巴が、泣き腫らした目を挙げた。
 「巴さんのせいやおへん。悪いんは、犯人やから。そない、自分を責めんと……それと、巴さん自身も、重々気ぃ付けて下さいね。気になることがあったら、いつでも言うて下さい。……それでは」
 嵐山課長と三千院は、四人に頭を下げ、保管室を後にした。
 「課長、すみませんでした。全部……」
 「あぁ、えぇから、えぇから。遺族対応言うんは、場数踏まな、なかなかなぁ」

 古都大の伏見教授から、電話があった。
 「三千院君、久し振りだな。元気にしとるか」
 「はい、お蔭様で……あの、戻って早々で申し訳ないんですが、ひとつ、調べていただきたいことが……」
 三千院はあらましを話し、術の調査を依頼した。
 興味をそそられたのか、二つ返事で引き受ける。
 「ちょっと日は掛かるが、まぁ、わかるだろう。じゃあ、またな」
 「宜しくお願いします」

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