■黒い白百合-04.行方不明(2016年06月19日UP)
翌日、三千院は川端署の大原に電話で問い合わせた。
大原からの回答は、大学やアルバイト先周辺の病院では、それらしい入院患者はみつからなかった。今日は、範囲を広げる予定とのことだった。
「それでな、コンビニの店長さんが、もう一人、バイトに出てけぇへん
以前から無断欠勤が多く、解雇の通知をしたいが、連絡がつかない。
「辞めんねやったら、辞めるて、ちゃんと言うといてもらわんとなぁ。最近の若いコぉはホンマに……て困ってはるゎ。今んとこ、身内から捜索願は出とりません。店長さんに、出すか聞いたけど、いらん言うてはったゎ」
店長の困惑はともかく、三千院は思いつきを口にしてみた。
「二人でどこかに行ったってことは、ありませんか?」
「いいや?
「あ、それはナイです。私、あの人、苦手なんで、一緒にシフト入っても、最低限しか喋んないんで」
横で電話を聞いていた江田も、口を挟んだ。
三千院は江田に頷き返し、大原に聞いた。
「事件、なんですかね? 他にも似たような行方不明者って、いませんか? 財布とか家にあって、本人だけ居ないって言う……」
「お年寄りやったら、そんなんしょっちゅうやけどな。若いもんで、ソレやな。ほな、ちょっと調べてみるわ」
大原は愛想よく言い、受話器を置いた。
江田が、魔道犯罪対策課の面々に説明する。
「一応、自分でも一昨日、巴さん達に手伝ってもらって、私がよく行くとことか、見てみたんですけどね」
一昨日、三人で行った下宿には、鍵が掛かっていた。
ドア越しに、メールの着信、家族、友人、バイト先からの電話の着信、と使い分けている着メロが、何曲も聞こえた。
巴に「体ないんだから、入れるんじゃない?」と言われた。
それもそうかと思い、ドアに触れてみる。手は何の抵抗もなく、素通りした。思い切って、ゆっくり体当たりするように、全身をドアに押し当ててみる。鉄のドアをするりと抜け、あっと思う間もなく、江田は玄関内に立っていた。
下宿の部屋に荒らされた様子はなく、自分の記憶通りだった。
いつもの鞄は、玄関を入ってすぐの床に置いてあった。
また、電話の着信を知らせる着メロが鳴る。バイト先のコンビニだ。反射的に出ようとしたが、江田の手は鞄もケータイもすり抜けた。どうすることもできず、足下の鞄を見詰めるしかなかった。
足は、はっきり見える。自分が亡霊になってしまったのか、そうでないのか、判断がつかない。
いつの間に、何が起こったのか。
六畳一間で、板敷のキッチンスペースとクローゼット、ユニットバスがある。ざっと見回したが、部屋に自分の死体はない。
クローゼットとユニットバスは、今の状態では開けられない。
バイトが終わって、下宿に戻る途中、自販機で缶コーヒーを買ったことを思い出した。飲んだ記憶はない。鞄に入れただろうか。確かめようにも、手は鞄をすり抜けてしまう。
「江田さーん、大丈夫ですかー?」
「えっと、あ、はーい、大丈夫でーす」
白神の声に答えたが、自分の声は彼女に届かないことに気付き、廊下に出る。
巴が「大丈夫って言ってる」と伝えてくれていた。
江田が、中に「自分」はおらず、鞄だけが玄関内にあることを説明した。二人も困惑に首を捻る。
三人でバイト先のコンビニを訪れ、白神に友達のフリをしてもらった。
店長にも、江田の姿は視えないらしい。
「最近、連絡取れなくて、どうしてるのかなって思って、下宿にも行ってみたんですけど、留守で……」
「ウチも困ってるんですゎ。江田さんは真面目やから、風邪引いて休む時でも、必ず連絡してくれんねんけど、今、もう一人休みのコぉが居ってな、手ぇ足りんから、来て欲しいて、さっきからケータイ呼んでんねやけど、全然出ぇへんねやゎ」
「あ、そうなんですか。お忙しい所、すみませんでした」
下宿に居ない、バイトにも出ていない。
三人で、古都春菜女子大学の正門前まで行ったものの、巴が足を止めた。
「女子大に部外者の男が入れる訳ないから。その辺で待ってる」
「えっ、あ、そっか。でも、私、江田さんの声、聞こえないよ」
「一緒に来てくんなきゃ困ります。巴さんしか頼れないんです」
「僕が入っても、不審者として警備員さんに捕まるか、つまみ出されるだけだよ」
初夏の日はもう暮れかかっていた。
「あ、じゃあ、友達に電話して、私を見なかったか、聞いて下さい」
「非通知とか、知らない番号には、出ない人が多いんじゃないの?」
「じゃあ……公衆電話で。白神さん、掛けて下さい。お願いします」
巴がその言葉を伝えると、白神は首を横に振った。
「何て言って掛けんの? 江田さん見かけませんでしたかって? 公衆電話から、知らない人が、そんな話したら、私、超! 不審者じゃん。もし、江田さんに何かあるのがわかったら、私が容疑者になるじゃん。そもそも、本人に無断で知らない人にケータイ番号教えるとか、酷くない? 私だったら、そんな個人情報、勝手にダダ漏れさせる人、友達やめるけど?」
「そこまで言わなくていいじゃん! 私、超困ってんのに! 何で私ばっか責めらんなきゃなんないの! ケチ! イケズ! バーカ!」
白神の声は江田にも聞こえるが、江田の声は巴にしか聞こえない。
巴は聞かなかったことにして、場を納めた。
「江田さんの実家は? 近く?」
「いえ、関東です」
古都大学は関西にある。
「じゃあ、実家に連絡して、捜索願を出してもらおう。大学で新しくできた友達なら、親御さんが知らなくてもおかしくない」
「あ、そっか。それなら私、友達のフリできるよ。えーっと……最近、学校に来てないし、ケータイも出ないし、バイトにも行ってないみたいで、下宿にも行ってみたけど留守でした。もしかして、体調崩したか何かで、実家に帰ってるんですか? とか何とか言えばいいよね」
巴の提案に白神が同意した。
江田は白神には聴こえないことを忘れ、素直に謝った。
「さっきは酷いコト言ってごめんなさい。番号は……」