■黒い白百合 (くろいしらゆり)-23.六月十日(2016年06月19日UP)
六月十日。
今日の夕方、伏見教授はフィールドワークから戻る予定だ。
休憩室から、嵐山課長の声が聞こえる。
三千院も、課に出る前に休憩室へ顔を出した。飯田と課長が、朝のニュース番組を見ながら、世間話をしている。
江田だけが元に戻り、心細かったのか、飯田はよく喋っていた。普通の生者と会話することで、自分をこの世に繋ぎ留めようとしているかのようだ。
「……シラカミユリコさんは、搬送先の病院で死亡が確認されました」
聞き覚えのある名前に、三千院は思わず、テレビを見た。課長も言葉を切り、画面に見入る。
ホームの監視カメラの映像が流れていた。
若い女が、電車を待つ女性に、背後から体当たりする。丁度、ホームに進入してきた列車が、ブレーキを掛ける間もなく、女性の落下地点を通過した。
女は結果を見届けると、線路に背を向け、走り去った。
一瞬の出来事で、周囲の客は立ち竦んでいた。
「……警察では、逃げた女の行方を追っています。それでは、次のニュースです」
「これ、何? ちゃんと聞いてへんかった。シラカミさんて、あの白神さん? 何で?」
嵐山課長が、画面を食い入るように見るが、既に次の話題に移っている。白神を知らない飯田は、二人の様子にオロオロするばかり。
「飯田さん、ごめんな。また後で。サンちゃん、一課行くで」
三千院は、嵐山課長に従った。
一課は既に慌ただしく動いていた。状況を確認する。
死亡したのは、江田を発見したカップルの一人、白神百合子だった。
昨日、六月九日十九時四十三分。
目撃証言と監視カメラの映像から、殺人事件と断定。
現在、映像の詳細な解析を急いでいる。
「何で、魔道課さんが気にしよんです?」
刑事の一人が、煩(わずら)わしげに聞いた。
この班は、連続行方不明事件の捜査に加わっていない。嵐山課長は、気を悪くする風もなく答えた。
「殺された白神さんは、行方不明者の中身を見つけたカップルの片割れなんやゎ。ひょっとしたら、犯人に口封じされたかも知れんのですゎ」
「モミジさん、目星ついてはるんですか?」
「全然」
勢い込んだ刑事が、その勢いのまま肩を落とす。
「せやから、魔道課言うより、連続行方不明事件の捜査本部にも、カメラの映像を見して欲しいんやゎ」
すぐ捜査本部に召集をかける。
主だった面々が集まる頃には、映像のキャプチャをプリントした物が回って来た。
「何やこれッ?」
捜査本部の反応は一様ではなかった。
一課は色めき立ち、生活安全課が何とも言えない顔を見合わせ、魔道犯罪対策課は渋面を作る。
何度も、行方不明の捜査資料と見比べる。
「このコ、双子の姉妹が居(い)やはるんか?」
鴨川が眉間に縦皺を刻む。神楽岡(かぐらおか)が素っ気なく答えた。
「一人っ子やで」
「何かの術で操られてるとしたら、犯人が口封じに、備東さんの体を
駅と店舗の防犯カメラの映像から、備東安美利は駅構内を駆け抜け、改札を強行突破し、駅前の人混みに紛れている。
その後の行方は、掴めていない。
二本松が映像に驚く。
「このコ、陸上でもやっとったんか? ハイヒールやのに、めちゃめちゃ速いやんか」
「爪先に体重掛かって、相当、足痛い筈やで」
嵐山課長が言い添えた。