■黒い白百合 (くろいしらゆり)-32.大家さん(2016年06月19日UP)

 三千院が川端東マンションに着くと、人集(だか)りができていた。捜査員とマンション住人と、野次馬らしい。
 「あぁ、えぇとこ来た。サンちゃん、このコ、連れてったって」
 嵐山が笑顔で手招きする。
 集まった人々の注目を浴びつつ、三千院と大原は嵐山課長に近付いた。
 植栽の傍らに、見覚えのある女性が立っている。確か、病院事務の出口芽衣(でぐちめい)だ。
 儚げな黒髪美人は大勢に取り囲まれ、困惑しているが、この場から逃げ出せないようだ。花がなくなっても、球根と呪具が無傷なら、固定は解除されないらしい。

 「ちょっと、刑事さん。連れてくて、何? ウチの店子(たなこ)に逮捕されるようなモンが居るいうのん?」
 年配の女性が嵐山課長に詰め寄る。マンションの管理人らしい。
 住人と野次馬が、固唾を飲んで見守る。
 「(ちゃ)います(ちゃ)います。大家さん、落ち着いて。令状もなしに、いきなり逮捕なんか、しますかいな」
 「ほな、なんやのね」
 嵐山課長は一呼吸置いて、言った。
 「その前に、大家さん、何でお花を切りはったんですか? ここ、黒い百合が……」
 「そんなもん、決まってあるやないの。ウチの敷地に誰か勝手に植えて、最近は写真撮りに、知らん人が入れ替わり立ち替わり来はって、空缶やら何やら、ゴミ散らかして行くしで、迷惑しとるからやないの。元々植えとったヒマワリ抜いて、あんな気色悪い花、植えてからに……刑事さん、花壇荒らした犯人、早よ捕まえてんか!」
 管理人は、嵐山課長にみなまで言わせず、一気に捲し立てた。
 「はい。今、その捜査してるとこなんです。他にもこんなん、勝手に植えられたとこがありましてねぇ」
 「あぁ、新聞載っとったアレ、事件なんかいな」
 野次馬の一人が声を上げた。
 嵐山は頷いて続ける。
 「それで、証拠のお花は切って……球根は、植わったまんまですか?」
 「はぁ。それがやね、抜こ(おも)て、ナンボ引っ張っても、抜けんかったんよ。
  どっか他所で大きゅぅしてから植えたんや思うのに、ちょっとの間ぁで、よっぽどガッチリ根ぇ張ったんか、全然アカなんでん(ダメだったんです)。それで仕方(しゃあ)ないから、茎だけ切って廃棄(ほか)したったんですゎ」
 「あ、すみません。それ、私です。このおばちゃんが抜こうとしたら、体が勝手に動いて、百合の根元に立って、抜かれないように足で押えてたんです」
 肉体が行方不明の出口が、申し訳なさそうに小さく手を挙げた。
 固定されている間は、霊力の供給源兼、百合の守護者をさせられているようだ。
 三千院が、他の女性達の中身を背負った時には、何の重量も感じなかった。
 肉体がないにも関わらず、百合が抜けない程の力を掛けられたのがよくわからないが、そう言う術なのだろうか。

 「いつ頃、廃棄(ほか)しはったんですか?」
 「今週アタマや。もう収集行ってもたから、あらへんで」
 呪具は、粘土板と水晶と球根だ。
 地上部がなくなっても、出口芽衣はまだ、(くく)られたままだ。衆人環視の中、出口の中身に声を掛け、連れて行くのは憚られる。
 「で、刑事さん、誰を連れてくんやて?」
 話が逸れても、管理人のおばちゃんは忘れていなかった。
 嵐山課長は諦めたのか、小さく溜め息をついて、答えた。
 「その花があったとこに居てはる……女の子を連れて行きます」
 「女の子?」
 住人らが顔を見合わせる。
 平日午後で、集まった人々に「女の子」と形容できる人物は、含まれていなかった。
 「ウチら、ナンボなんでも、女の子ぉ言う程、厚かましないで」
 住人の一人、髪を紫に染めた老婆が言うと、男性陣は大きく頷き、女性陣は小さく顎を引いた。
 「ちょっとそこ、のいてもらえますか」
 鴨川が、出口芽衣の周囲で手を振る。
 野次馬達は、鴨川の視線の先、植栽の前を見るが、誰もいない。
 気味悪そうに更に離れる者、何が居るのかと顔だけ近付ける者、と反応が分かれた。
 管理人は後者だ。
 「だぁれも居らへんやないの」
 三千院は、管理人には答えず、出口芽衣の前に立った。
 「おんぶすれば、出られます。事情は警察でお伺いしますので……どうぞ」
 背を向けると、ややあって、生ぬるい風が三千院を包んだ。おんぶの姿勢で、乗って来た覆面パトカーに向かう。野次馬が更に一歩退き、道を空ける。
 大原が駆け寄り、後部座席のドアを開けた。
 「乗って下さい」
 「あ、は、はい。あの、すみません」
 出口は恐縮して乗りこんだ。
 三千院がドアを閉めると、野次馬から声が掛かった。
 「兄ちゃん、何が居てるんや?」
 「……若い女性の中身です」
 どこまで説明していいものか考え、ひとまず、課長と同程度に答えた。
 嵐山課長が、管理人と住人を見回し、にっこり笑って釘を刺す。
 「証拠の球根は、後で令状持って掘りに来ますんで、花壇、触らんとって(さわらないで)下さいね。犯人がまた、来るかもわかりませんので……」
 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇな。今、ここに若いコぉの幽霊居ったんかいな? お祓いやらなんやら、どなすんのんな(どうするんですか)?」
 青ざめた管理人に鴨川が答える。
 「幽霊やあらへん。生きたまんま、中身だけ抜かれて、ここに閉じ込められとったんですゎ。今、ウチの若いモンが保護しましたんで、お祓いも何も要りまへんぇ」
 「ホンマに?」
 「ホンマホンマ。嘘ついてどなしますねん。何かありましたら、警察言うて下さい。ほな、解散!」
 鴨川の一方的な宣言に、野次馬はまだ何か聞きたそうにしていたが、一人減り、二人減りして、解散した。
 刑事も、それぞれ車両に戻る。
 「サンちゃん、犯人は今の時期、花にインク遣りに来んねやな? ひょっとしたら、今の野次馬の中に()ったかも知れんで」
 鴨川の提案で、この場所に居なかった捜査員が、対魔法装備を持って張り込みをすることになった。
 マンションの関係者が、球根を掘り出さないよう、監視する為でもある。

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