■黒い白百合-01.派遣要請(2016年06月19日UP)

 「行方不明者のお友達が、何やよぉわからん事、言うてはるんやゎ。儂らじゃわからんよってに、ちょっと、あー……何や、そのー、アレ、えー……、心霊捜査官、言う奴か? 一人寄越してくれへんやろか?」
 川端署の生活安全課から、要領を得ない派遣要請が掛かってきた。

 「魔道犯罪対策課です。よくわからない事って、何ですか?」
 電話を受けた新人課員が「心霊捜査官」を訂正し、質問する。
 答える年配の生活安全課員の声は、困惑しきっていた。
 「ホンマは友達(ちゃ)うやら、行方不明の娘さんは、幽霊やけど生きてはるやら、どないもそのー……アレや、そちらさんの管轄みたいなんやゎぁ」
 丸投げする気を隠そうともしない。
 古都(こと)府警魔道犯罪対策課の三千院(さんぜんいん)は、電話を保留し、課長に指示を仰いだ。
 「行ったり。その書類、別に急げへんから。サンちゃんでも、その子の狂言かどうかくらいはわかるやろ? 署の人に顔覚えてもぉといで(おぼえてもらってきなさい)」
 課長の嵐山(あらしやま)は、にっこり笑って小さく手を振った。人懐こい笑顔は、その辺のおばちゃんと変わらないが、嵐山は、古都府警内で「鬼女紅葉」と恐れられるベテラン刑事だ。

 本年度、印暦(いんれき)二二〇二年四月にここへ配属されたばかりの新人、三千院は小さく溜め息をつき、保留を解除した。
 「こちらの管轄かどうかの確認も含めて、お伺いします」
 「お忙しいとこ、えらいすんませんなぁ。ほな、お友達、今、川端署に来てはるから、受付で生活安全課の大原(おおはら)言うてくれはったら、わかるようにしときます」
 こちらこそ宜しくお願いします、と形だけ言い、三千院は受話器を置いた。
 「サンちゃん、一人で行けるか? ついてったろか?」
 「鴨川(かもがわ)さん、ありがとうございます。場所はわかりますから、大丈夫です」
 書類仕事に飽きたらしい中年の先輩刑事は、残念そうに座り直した。

 三千院が川端署に到着すると、受付どころか、入口で大原本人が待ち構えていた。
 「何や、えらい若い子ぉ寄越してくれはってんなぁ……」
 大原は、小会議室に向かいながら、行方不明事件の概要を説明した。

 行方不明者は、江田英美(えだえいみ)(十九)、古都春菜(ことはるな)女子大学の学生だ。
 大学付近のアパートに下宿し、古都市内のコンビニでアルバイトをしている。
 友人とコンビニ店長の話では、五月十二日夜以降、連絡が取れなくなっている。
 友人から連絡を受け、親が捜索願を出した。
 鞄と携帯電話は下宿に残っていた。下宿に荒らされた形跡はない。
 現時点では、本人の意思によるものか、事件事故に巻き込まれたか、断定できない。
 川端署では関係者への聞き込みを中心に、五月十二日夜以降の足取りを調べたが、手掛かりは全く得られなかった。

 「で、まぁ、幽霊がどぉの言うんは、お友達に聞いたってもらえませんか? 儂らじゃわかりませんよってに」
 小会議室の手前で足を止め、大原が声を潜める。
 魔道犯罪対策課の三千院は、黙って頷いた。
 「あー、どうもどうも、えらい待ってもうて、すんませんなぁ。心霊捜査官の刑事さん来てくれはったから、堪忍やけど、もっぺん説明したってくれへんやろか?」
 大原は、愛想よく言いながら入室した。
 待っていた若い男女が、慌ててパイプ椅子から立ち上がる。
 「あ、もう、座ったままで結構です」
 三千院は、明るい茶髪の青年の前に腰を下ろしながら、なるべく愛想よく言った。大原が長机の端に着き、調書を広げる。

 青年の右隣に座った小柄な女性が、左側を指した。
 「あの……刑事さん、この人、視えますか?」
 青年の左隣にも、黒髪の女性が座っている。色白の瓜実顔(うりざねがお)が、艶やかな黒髪に縁取られている。こちらも小柄で、やや古風な美人だ。
 三千院と目が合うと、明るい笑顔が返って来た。
 「……視えます」
 右の女性も、長い黒髪が印象的な美人。和風の美女二人に挟まれた茶髪の青年は、浮かない顔で眼鏡を押し上げて言った。
 「あ、じゃあ、本人に直接、聞いて下さい」
 「私たち、もう帰っていいですよね?」
 茶髪の青年と右の美人が、同時に腰を浮かす。
 「えっ? や、あの……! ちょっ、ちょっと待って下さいッ」
 三千院は驚いて、二人を座らせた。左の美人は座ったまま、二人を睨んでいた。

【黒い白百合】もくじ←前 次→  02.中身だけ
↑ページトップへ↑
【黒い白百合】もくじへ

copyright © 2016- 数多の花 All Rights Reserved.