■黒い白百合 (くろいしらゆり)-15.ニュース(2016年06月19日UP)

 「聞いてみましょう」
 足早に近づく。民家の前に人垣ができ、中心部は見えない。
 大原が人懐こく、野次馬に話し掛ける。
 「どうも、こんにちは。みなさん、何見てはりますの?」
 「あぁ、これな、変わった花が咲きよんですゎ」
 「新聞に載っとったから、どんなもんかいなぁ(おも)て、見に来たんですゎ。ここ、ほら」
 老婆が新聞を見せてくれた。古都府内だけで発行されている、ローカル新聞の夕刊だ。
 小さな記事だが、写真入りで載っている。

 いたずら? 黒いテッポウユリ 民家の庭先に突如にょっきり 吉田上町
 古都市左区吉田上町、梶井一真さん(七十六)方に黒いテッポウユリが現れた。開花直前のつぼみは真っ黒で、「鉄砲」そのものの黒光り。
 植わっているのは、塀の外にある植栽の根元で、一日朝の時点では、なかったという。何者かが植えたとみられる。梶井さんは、「気味が悪いが、どんな花になるか見たいので、枯れるまでそっとしておく」と話していた。
 古都市立大生物環境学科 川原町聖護(かわらまちしょうご)教授の話 テッポウユリに黒色変異は発生し得ない。根元に黒インクなどをまいて、色素を吸わせたいたずらだと思われる。

 二人は記事に目を通し、老婆に礼を行って返した。
 「普通、クロユリ言うてんのは、全然別の奴で、もっと、こんまいからね。これはホンマに珍しぃわ」
 「イタズラやて書いてあるけど、それにしても、おかしな話やで」
 老婆が解説すると、周囲の見物人達も、口々に話し始めた。
 「まぁ、確かに色は変わってますけど……」
 三千院が首を傾げる。
 「兄ちゃん、いつ、誰が、こんなもん、ここへ植えよったんかが、おかしいんやで?」
 「ここの道はな、学生さんらがしょっちゅう通らはるから、いっつも人目があるんや」
 「流石に夜中は、用事もないのに通るもんは、居らんけどな」
 「梶井さんも、全然知らん()にこんなん生えてって、びっくりしてはるんやゎ」
 「気色の悪いハナシやでなぁ。他人んちの庭先、勝手に掘り返してからに……」

 草丈一メートル程の立派なテッポウユリだ。蕾がみっつ付いているが、いずれも黒光りしている。
 ユリの傍らに、黒髪の若い女性が立っていた。梶井家の者だろうか。
 老人ばかりの見物人の中で、唯一人の若い女性は、居心地悪そうにしている。白百合を思わせる清楚な美人。今にも消えてしまいそうな、儚げな雰囲気だ。
 「黒インク吸わしたて書いてあるけど、ウチも切り花買(こ)うてって、赤インクでも吸わしたろかぃな」
 「そんな毒々しいのんせんと、もっとこう、涼しそうな、水色とかにしときんか」
 「どうせやんねやったら、一発ド派手にキメたいやないか。虹色もえぇなぁ……」
 「そんなもん、どなして塗り分けんのんな? みんな混ざって、真っ黒けになってまうん(ちゃ)うの?」
 老人たちは、既に新参の見物人に興味を失い、てんでに勝手な話をしている。
 「ははぁ。そしたら、これも、虹色の失敗作か?」
 「誰が他人んちの庭先で、こんなアホな実験しよんねやろな?」
 「学校の前にもあったで」
 「えっ?」
 他の全員から注目を浴び、発言した老人は、寸の間、口ごもった。すぐに気を取り直し、得意げに話す。
 「岡西町の方から来たんやけど、来る途中で、小学校の生垣のとこにも、こんなん生えとったで。電柱の陰になっとったさかい、みんな知らんと通り過ぎてもてんねんな」
 「そしたら、そっちも見に行ってみよか」
 「何や何や、暇人ばっかりやの」
 「こんな他所(よそ)さんの家の前で、いつまぃでもワーワー言うてたら、迷惑やろ」
 暇を持て余している老人たちが、ぞろぞろ移動する。
 三千院と大原、黒髪の女性だけが残った。

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