■黒い白百合 (くろいしらゆり)-34.呪具発掘(2016年06月19日UP)

 翌日すぐに、令状が発付(はっぷ)された。装備を整え、各現場へ向かう。
 念の為、捜査員は全員、【魔除け】の呪符を身に着けて行く。
 呪符に籠められた力より弱い魔物を近寄らせない。虫除け程度の気休めだが、丸腰よりは心強い。

 三千院が「力ある言葉」で呪文を唱え、呪符の効力を発動させる。呪符に書かれた物と同じ呪文だ。
 日之本語に訳すと、「日月星(ひつきほし)蒼穹(そうきゅう)巡り、虚ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」と言う意味になる。
 たどたどしい発音だったが、認証され、呪符に籠められた魔力が解放された。
 三千院の眼には、淡く真珠色に光って視える【魔除け】を捜査員ひとりひとりに手渡した。
 呪符は、籠められた魔力を消費し尽くせば、灰になる。

 魔法犯罪対策課員は、この他、【吸魔符(きゅうまふ)】を持って行く。
 魔力の暴発事故や、魔法使いの犯罪者に対応する為の特殊な呪符だ。
 この呪符を接触させることができれば、呪符の容量いっぱいまでは、相手の魔力を安全に消耗させられる。その後、物理的に取り押さえる。猫の首に鈴を着けに行く鼠の気分だが、これでも、ないよりマシだ。
 課長の嵐山は、マンションとカフェ、鴨川が梶井氏宅と公園、三千院は、古都大学と志賀越川(しがこせがわ)小学校を担当する。

 古都大で令状を提示し、伏見教授と大学職員の立会の許、捜査を始める。
 黒いテッポウユリは開花寸前で、朝の光に黒光りしていた。
 「あ、すみません。古都府警です。今からちょっとこの辺で作業しますんで、どいていただけませんか?」
 三千院は、警察手帳を出しながら、植え込みの前に居る女子大生に声を掛けた。
 「刑事さん、私が見えるんですか?」
 「三千院君、誰と喋っとんや?」
 半視力(はんしりょく)の伏見教授が、三千院の視線の先を見る。
 「えっ? 学生さん……ちょっと、どいてもらえませんか?」
 「無理です。何か、動けないんです」
 「伏見先生、江田さんとは別の人が、固定されてるんですけど……」
 「逃げられたことに気付いたんか?」
 「そんな……警備を増やしてたのに……いつの間に……」
 三千院の困惑に、伏見教授と大学職員の顔が曇る。

 ひとまず、これまでと同じ方法で移動させ、捜索を始める。
 植え込みの影に雑妖が屯している。半視力の捜査員は、気付かず近付いた。
 制服のポケットに入れた【魔除け】の効力で、様々な形状の雑妖が影伝いに逃げて行く。

 雑妖は、人の負の感情や、自然の陰の気が凝ったモノだ。
 ヒトに似た形、虫や動物、植物に似た形、それらを混ぜ合わせた形、ヘドロのように定かな形を成さないモノ……一匹として同じ姿のモノは居ない。
 陽の光を浴びれば消える。儚く弱い存在だ。それでも、力を持たない人間には、ちょっとした不運をもたらし、数が多ければ充分、脅威になり得る。

 日干ししただけの粘土板を崩さないよう、慎重に掘削場所を見極める。
 テッポウユリの根元周辺、三十センチ四方程の範囲に掘り返した痕跡があった。
 その外側からスコップを入れ、球根と粘土板を傷付けないよう、慎重に掘り起こした。
 浅く埋めていたようだ。崩れた土塊から、周辺の土とは色の違う粘土板が、顔を出す。
 粘土板は大人の掌大。「力ある言葉」で呪文が刻んである。
 球根を囲み、四方に配置されていた。文字を刻んだ面が、球根と向かい合い、小型の魔法陣を形成している。写真を撮り、土塊ごと回収した。

 捜査員は腰が引けていたが、作業は難なく終わった。
 教授の説明通り、粘土板四枚の他、球根の下から、魔力を籠めた水晶がひとつ出た。
 ビー玉大の水晶玉で、中心に淡い光が宿っている。まだ、蓄えた魔力を使い切っていないようだ。球根と共に回収する。
 粘土板の解読には、こびり付いた土を除かねばならない。
 百合と粘土板、水晶、周辺の土を押収し、新たな行方不明者を連れて、次の現場へ急ぐ。

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