■黒い白百合 (くろいしらゆり)-42.対策会議(2016年06月19日UP)

 魔道犯罪対策課長の嵐山が、滔々と答えた。
 「身体は、何の罪もない若い娘さんやからねぇ。なるべく怪我ささんように捕まえて、【吸魔符(きゅうまふ)】と【退魔符(たいまふ)】で弱らして、【消魔符(しょうまふ)】で術者の支配を解除して、それから【送還】の術で、元の世界に送り還すことになる思います」
 三十秒程、沈黙が会議室を支配した。
 大原が、落ちつかなげに出席者を見回し、ハンカチで首筋の汗を拭う。
 ひとつ深呼吸し、橘警部が問いを放つ。
 「で、なんや、その、猫の首に鈴付けに行くネズミの役は、誰がすんねや?」
 「ウチらでさしてもらいます」
 嵐山課長が即答する。鴨川と三千院が、小さく顎を引いた。
 捜査一課と生活安全課から、安堵の息が漏れる。

 「呪符の魔力を使(つこ)て、効力発動さすんに、呪文、唱えなあきませんから、それまでは身体、押えとかなアカンのですけどね」
 「おいおいおいおい、待ってぇや、モミジさん。それ、俺らがするんかいな?」
 続きを聞き、神楽岡が立ち上がった。
 橘が手振りで着座させ、静かな声で質問する。
 「魔道課さんの普段の仕事は、全然わからんのやけど、確か……大分前に、マニヤが自分で呼び出した化けモンに食われた事件が……ありましたな? あれは、どなして処理しはったんですか?」
 「呪条(じゅじょう)言う魔法の縄で縛り上げて、送還布(そうかんふ)使(つこ)て送り還したんです。今回もそれで行こ思てるんですけどね、今回、何せ六人、アレでしょ?」
 橘警部が頷き、先を促す。
 「せやのに、呪条は二本しかあらへんし、送還布は一枚だけやしで、六人がひとつ所に居ったら、皆さんにも手伝(てつど)ぅてもらわなあきませんのやゎ。その時は、すんませんけど、よろしゅうお願いします」
 「よろしゅうて……それ、今からでも装備、増やしてもらわれへんの?」
 大原が震えあがる。
 「呪条は、一本で新品の外車二台分くらい、送還布は、古都駅前の一等地に店新築できるくらいの値がしますよって、予算の都合が……ねぇ……」
 嵐山課長が溜め息をつく。
 予算の都合で、新しく配属された三千院用の呪条すら、まだ配備されていないのだ。
 「柴田さん一人だけやったら、カモさんが呪条で縛り上げて、サンちゃんが呪符で弱らして、私が送還布で還しますんで、ウチだけで何とかなるんやけどねぇ……」
 「手伝うて……俺ら、その方面はド素人やねんけど、どないかできるもんなんか?」
 神楽岡が、当然の質問をする。
 魔法の道具に詳しい三千院が、自信なさそうに答えた。
 「突入の直前、刺股(さすまた)か何かに【退魔符】を貼り付けて発動させれば、何もないよりは、多分……」
 「タイマフて何や? 魔物を退散さすんか?」
 「いえ、場の穢れを祓って魔物を弱らせる物です。直接退治できるのは、発生初期の雑妖くらいですね」
 三千院の説明で、他課の捜査員がますます困惑する。
 「弱らすだけて……そんなもんしかあらへんのか?」
 「このテの道具はどれも高いですからねぇ。この国ではこのテの事件、滅多に起きひんし、なかなか予算付けてもらわれへんのです」
 嵐山が溜め息をつく。
 それ故、一度(ひとたび)事件が起これば、甚大な被害が発生する。警察だけでは鎮圧できず、大学の魔道学部や民間業者、民間人の魔法使いなどにも、命懸けの協力を仰がざるを得ない。

 一課の新人・中大路が質問した。
 「嵐山課長は、魔女と(ちゃ)うんですか?」
 会議室の空気が凍りついた。
 嵐山課長は、構わず答える。
 「ウチらは三人とも、霊視力がある見鬼(けんき)なだけで、魔力は持ってへんねん」
 鬼女紅葉(きじょもみじ)の言葉に、他課の捜査員が顔を見合わす。
 新人の中大路刑事は、魔道犯罪対策課の三人に不安な眼差しを向けた。
 「魔法の道具、ちゃんと使お思たら、それなりの知識と技術が要るんやで。拳銃と一緒で、練習せな当たらしませんのやで」
 嵐山が、中大路の目を見て答える。
 他課の面々は、小さく頷いた。中大路も頷き、次の質問をする。
 「魔物を逮捕して、その後、どなするんですか? 裁判ですか?」
 「魔物は裁判せぇへんよ。やっつけるか、元の世界に送り還すかやけど、今の装備じゃ、やっつけられへんからねぇ」
 「穏便にお引き取り願うワケやね」
 大原が相槌を打つ。
 「今んとこ、そないするしか、使(つこ)ないんですゎ」

 「ほな、どっかから呼ばれて来て、コキ使われてんねやったら、説得でけんのやろか?」
 二本松が思いつきを口にした。
 「あ、それは無理です。使役されている魔物は、術者の命令で縛られてますから、自分の意思で行動できないんです」
 「ほな、その術を解いたったら、自分で帰らへんか?」
 解説する三千院に向きあい、二本松が質問を重ねる。
 「意に反してコキ使われたことに怒って、人間全体に敵意を持つ場合が多いので……そもそも、日之本語が通じません」
 「えっ? そしたら魔法使いは、何語で命令するんや?」
 「力ある言葉、と言う名称の、魔力を制御する言語です。或いは、魔法の道具を使って、思い通りに操っているか……」
 それを聞いて、橘警部と神楽岡が目を輝かせた。
 「道具やったら、まだこっちにも目ぇがあるな」
 「取り上げたら仕舞いやろ?」
 「それは……ちょっと……術者が傍にいるとは限りませんし、そもそも、どんな力や道具を持ってるかも、わかりませんから、何とも……」
 道具の使用にも、使用者の魔力が必要な場合がある。
 なまじ道具を取り上げると、制御が外れ、魔物が暴走する恐れがあった。
 「俺ら警察屋さんが動いてるんも、百合ほじくられたんも、知れるんは時間の問題や。女の子ら始末して、犯人逃げてまわん内にヤサ突きとめんと……」
 橘に言われるまでもなく、時間がなかった。

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